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G11 旅は道連れ世はソーダ味

 今日の朝ご飯は目玉焼きとご飯とおみそ汁。マシンガンみたいなお母さんの声が右から左へ通過していく。
「浩太、お弁当ここに置いておくからね。晩ごはんは冷蔵庫に入ってるからチンして。それから夏休みの宿題は必ずやりなさいよ。なにかあったらおばあちゃんの家に電話して。今日も遅いから9時には寝るのよ。行ってきます!」
 バタンと玄関が閉まる音といっしょにお母さんは行っちゃった。お父さんは中国に出張中で二ヶ月くらい帰ってこない。お母さんも仕事をしてるから、昼間は一人だ。
 食べ終わってお茶わんを洗うと、僕は計画を実行に移した。お菓子は昨日のうちにリュックに入れたし、昨日お母さんにたのんだお弁当も入れた。お年玉の残りもしっかり財布の中。机の中にかくしておいた計画書でチェック。バスに乗って、電車に乗って、お父さんの会社がある街の駅で乗りかえだ。今日は海を見ながら夏季限定ソフトを食べるんだ。ソーダ味のソフトクリームなんて画期的だよな。
 胸がどっきんどっきん大きい音をたてている。
 帽子をかぶってリュックを背負って、家中の窓を閉めて、電気も消した。玄関の鍵を閉めて、ちゃんとかかったか確かめて、さあ、行こう!

 近所のバス停からバスに乗って10分で近くの駅へ。大人と一緒にエスカレーターをかけ上がって、切符売り場に行く。「遠井海岸」までは960円。切符を買うだけにこんなにドキドキするなんて思わなかったよ。財布から千円札を出してお札を入れるところに差し込むんだけど、なかなか入ってくれない。なんで入らないんだろうって思っていると、とんとんと肩をたたかれた。ふり向いてぎょっとした。高校生くらいのお姉さんなんだけど、顔が黒くて金髪でなんだかこわそう。
「ちょっと貸しな」
 お姉さんはそう言うと、僕の千円札を長いピンクの長い爪がついた手でひったくると、まっすぐに伸ばして機械に入れた。千円札はするする入っていって、金額の数字が黄色く変わった。僕じゃ全然ダメだったのに! 僕はぺこっとおじぎして960円のボタンを押すと、下から切符とおつりがピーピー音と一緒に出てきた。この感動をどう言ったらいいんだろう。給食でゼリーのおかわり3こできたくらい?
 急いでおつりを財布に入れるとリュックにそれを押し込んで走る。改札を通ると急いで下のホームに降りた。こっちから向こうまで続く線路は、夏の光を受けてピカピカと光っている。まぶしいなぁと思っていたら、駅のアナウンスと一緒に風と音をまき散らしながら電車がホームに入ってきた。僕の目の前でぷしゅーっとドアが開いて、ワクワクしながら乗り込んで座った。お隣はよれよれシャツのおじいちゃん。その向こうにいるのはさっきのお姉さんだった。お姉さんはこっちに手を伸ばしてきた。
「食べるかあ?」
 それはピンク色の小さいアメだった。もらうべきか悩んでいると、僕とお姉さんの間に座っていたおじいちゃんが、つまんで口の中に入れちゃった。僕もお姉さんも目が点。おじいちゃんはニコニコ笑って、お姉ちゃんに両手を合わせた。
「おおきに。ありがとう」
 お姉ちゃんは怒っているような困ってるような顔をして、何か言おうとしたけど、ふんと鼻を鳴らしてむこうを向いてしまった。

 電車は順調に駅を通過。駅に止まるたびに人が増えたりへったりしたのに、おじいちゃんもお姉ちゃんもまだ横にいる。もしかして行き先一緒なのかな? 
 その時、スーツを着たお兄さんが隣の車両から怒った顔をして来て、お姉さんの前に立った。お姉さんの知り合いかな?
「亜佐美、ここにいたのか」
 お兄さんは言いながら僕を見て、目を丸くした。
「あれ? 内田さんの……浩太君?」
 いきなり名前を言われてびっくりした。
「あ、はい。そうですが」
「やっぱりそうか。お父さんが転勤される前は、私はお父さんの部下だったんだよ。ほら、一度会社のお祭りで会っただろ?」
「ごめんなさい、覚えてないです」
「そうか。これからどこ行くの? 親戚の家?」
「はい。親戚の家が遠井海岸の近くで」
 とっさにうそをついちゃった。
「その前で降りてしまうけど、一緒に行こうか」
 僕はうそをついたことをはげしく後悔した。一人で行くつもりだったのに!
 お兄さんはお姉さんに、一方的に話し始めた。お姉さんは補習で学校に行ったはずだったのに、ゲームセンターで遊んでいて補導されたんだって。前はすごくいい子だったのにってお兄さんはなげくけど、お姉さんはあくびと生返事ばかり。隣のおじいちゃんも大きくあくびしたと思ったら、とうとう眠り始めた。いびきがすごくうるさくて、お兄さんも話をやめた。まわりの人もうるさそうに顔をしかめていたら、おじいちゃんが、とつぜん立ち上がった。
「ばんざあい! ばんざああい!」
 大きな声で叫びながら、両手を何度も上げるからびっくり。お兄さんがあわてておじいちゃんに言った。
「お静かにお願いします」
 おじいちゃんはしょぼんとして座ると、またすぐにいびきをかいて眠り始めた。

 次の駅に着くと、お姉さんが立ち上がりながら僕を見た。
「じゃあな。がんばれよ」
 手を振りながらお兄さんと降りていった。僕はほっとした。
 路線図を確認すると、本当にあと少しで目的地だ。早く発車しないかなぁって待っているのに、ドアが開いたまま全然動かない。おかしいなぁと思っていたら車内アナウンスがながれた。
『ただいま全車両に対して緊急停止の指示がありました。そのため上下線とも運転を見合わせております。情報が入り次第ご案内致します。しばらくお待ち下さい』
 何度も同じ事をくり返すアナウンスに、電車の中がさわがしくなってきた。「こりゃだめかな」とおじさん達がバスに乗りかえようとか、タクシーに乗ろうとか言っているけど、帰りのことを考えたらタクシーは乗れない。バスはよくわからない。どうしようって手がふるえた。その時、
「浩太君、大丈夫か?」
 お兄さんが戻ってきてくれた。後ろにお姉さんもいる。
「電車あ、しばらく動かないみたいだから、一緒に遠井海岸行くぞ」
 キャンディを舐めながら言うお姉さん。
「行くって、どうやって?」
「車でだよ。こいつがどうしてもソーダソフトが食べたいって言うからさ」
 お兄さんがお姉さんを指さした。僕がどうしても食べたかったヤツだ。
「僕も食べたい!」
「じゃあいっしょに行こう。遅くなるから親戚の方に電話をしたいんだけど、番号を教えてくれる?」
 それはまずい。
「大丈夫です! 自分で電話します!」
「そう? 絶対するんだよ。じゃあ行こうか」
 電車を降りてお姉さんに腕を引っ張られながら駐車場に連れて行かれた。お兄さんが鍵を開けたのは、白くてピカピカのオープンカーだ。すごい!
「おじゃまします」
 いそいで後ろの座席に乗った。お姉さんも乗って出発と思ったら、ゆっくり横のドアが開いて、電車で横に座っていたおじいちゃんが乗ってきた。
「遠井海岸行きはこちらかのお」
 お兄さんはいそいで降りて、おじいちゃんに言った。
「ちがいます。これは私の車です!」
 力いっぱい腕を引っ張っておじいちゃんを降ろそうとしたけど、びくともしない。
「いいじゃあん。行き先いっしょだしい? 旅は道連れ世は情けだろ? 兄貴」
 助手席のお姉さんがふり向きながら笑った。
「お前がそんな言葉を知ってるとは」
 お兄さんは渋い顔をもっと渋くして運転席にもどると、エンジンをかけた。

 住宅街をぬけて田んぼを抜けると、山道をずんずん走っていく。車の天井がないから、頭の上を緑の葉っぱがキラキラ後ろへ流れていくのがいい感じ。
 建物のすき間から海が見え始めてすぐ、目の前に海が現れた。岩がごつごつしている向こう側に、まっ青な海が広がっている。海のにおいがぷんとした。白い波の間をサーフィンの人たちがアザラシみたいに浮かんでいておもしろいな。
 隣のおじいちゃんは、何も言わないでぼんやりと海をながめてる。風の音と一緒にお姉さんがお兄さんと話をしているのが聞こえてくる。
「遠井海岸に着いても泳がないよな?」
「水着なしで泳げってえ? 兄貴エロいい」
 ケラケラ笑うお姉さんに、お兄さんは無言で運転を続けた。僕はちょっとはずかしかった。
 海沿いの道は、漁船やヨットが並んでいる港や、旅館もあった。干物やさんの前で、イカが洗濯ばさみではさまれて、赤ちゃんのオルゴールみたいにくるくるまわっているのは何? お兄さんに向かって風に負けないように大きな声で聞いてみた。
「お兄さん、あれはなに!?」
「イカの一夜干しだよ! 親戚の家に行ったら食べさせてくれるんじゃない!? 名物だから!」
 大声でお兄さんが答えた。心臓をつかまれたような気がした。親戚の家がないって言わなくちゃ。アイスを食べに来ただけって言わなくちゃいけないのに言えなかった。

 ヤシの木の向こうに、遠井海岸という看板があった。車は大きな駐車場に入って、お兄さんは車を止めた。たくさんの車の向こうに、黄色い小さな店で、水色のアイスクリームの看板。テレビで見たままだ。海岸の方は海水浴の人たちでいっぱいだ。
 車を降りたお姉さんは僕の方のドアを開けてくれた。
「そんじゃ先行くわ」
 お姉さんと手をつないで、さあ行くぞと気合いを入れた。その時おじいちゃんも降りてきてすたすたとお店と反対の方へと歩いていった。
「おじいちゃん、どこ行くの?」
 いそいで追いかけるんだけど、おじいちゃんはものすごいスピードで追いつけない。砂浜の上にある花のようなパラソルをもろともせず、レジャーシートやサンダルをけちらしてまっすぐ海へと向かうおじいちゃん。コーラを持った金髪の若い人も小さい子を連れたお母さんも、見ているだけで止めてくれない。
 お姉さんがやっと追いついて、おじいちゃんの手を握った。
「おい、じいちゃん!」
 おじいちゃんはふりむいてお姉さんの顔を見ると、びっくりしたみたいに目を丸くして、わなわなと震えながらお姉さんの両肩をぎゅっとつかんだ。
「すまなかった。仕方がなかったんだ。命令で、君たちの村を」
「なんだよ。村ってわけわかんね。キショい」
「あんたたちの家族を殺して、本当に」
 おじいちゃんの目がギラギラと輝いた。僕はこわくて動けなくなった。
「はあ? 初対面じゃん。手え放せよじいちゃん!」
「申し訳ないことをした。許してくれ」
 後ずさりして、熱い砂の上に土下座をして誤り続けるおじいちゃんに、お姉さんは混乱してたけど、そのうち大きくため息をついて、
「わかったよ。許してやるよ。だから立てよ」
 ちっちゃく舌打ちをしてそう言うと、おじいちゃんはほっとした顔をしたと思ったら、あっという間に海に入っちゃって、ざぶざぶ腰までつかるところまで歩いていった。そしてピタリと止まって、かっこよく敬礼しながら、怒鳴った。
「原上等兵ただいま帰還しましたあ!」
 その叫び声に、まわりの人たちが一瞬びっくり顔で止まったけど、しばらくして何事もなかったように動き出した。でもおじいちゃんは泳いでいる人の間で敬礼して固まったままだ。そのうち警察官も来て、人垣もできちゃった。でもおじいちゃんは全然動かない。あんまり動かないから心配で、僕は思い切り叫んだ。
「おじいちゃあん! こっちだよお!」
 波うちぎわから呼ぶと、おじいちゃんはゆっくりふり向いて笑った。
「もうごはんかな?」

 海から戻ってきたおじいちゃんはずぶぬれだった。警察官が言った。
「事情を聞きたいので、ちょっと来てもらえますか?」
 お兄さんはおじいちゃんと派出所まで行くことになったらしい。
「行ってくるから、亜佐美と浩太君はソフト食べてきて」
 お兄さんは、警察官と一緒におじいちゃんを連れていった。
「もどるぞ。やっと食べられる!」
 お姉さんと僕はソーダソフトの店に行った。でも店の前はすごい行列だ。僕たちはダッシュで最後尾まで行った。ソーダソフトのプラカードを持ったおじさんが、
「ただいま三十分待ちです。ソーダソフト、ただいま三十分待ちです」
 と、汗をふきふき叫んでいる。
「え〜、三十分?」
 お姉さんがいやな顔をした。だって上から下から熱い光線が僕らを焼くんだよ。ふたりでジュースを飲んだりしていたけど列は全然短くならない。そのうちお姉さんはカバンからガムを出してぷーっとふくらませ始めた。僕もガムを出してふくらませると、お姉さんはにやっと笑ってガムを三つ追加すると、ぷーっとふくらました。みるみるお姉さんの顔くらいになってびっくりした。
「まけるもんか!」
 僕も二つ口の中に放り込んでガシガシかむと、ゆっくりとふくらませた。でも大きくはなるけど、目の前がガムになっちゃったところで、われちゃうんだ。
「やるじゃん」
 お姉ちゃんはにやっと笑ってもっと大きくふくらました。僕もくやしくてもっとふくらませて……気が付いたら、目の前にお店があった。やっとやっと、食べられる。僕は感激しながらお財布を出した。その時、
「ソーダソフトふたつぅ」
 横でお姉さんVサイン出しちゃった。急いで六百円出しておばさんに注文しようとしたら、お姉さんに手でことわられた。
「しまっておきなよ、おごるから」
「ちがう! おばちゃん後二つ!」
 僕らはおばちゃんから4つのソフト受け取って、両手に持っていそいだ。

 遠井海岸派出所は、駐車場のすぐ下だった。おじいちゃんとお兄さんは、警察官と話をしている最中だった。僕は二人にちょっと溶けかけたソーダソフトをあげた。
「いいの? 浩太君」
「うん。とけちゃうから早く食べよう」
 警察官はちょっと笑ってた。お兄さんは恥ずかしそうに、おじいちゃんはうれしそうに受け取ってくれた。僕もお姉さんからもらってみんなで一緒に食べた。さっきまで熱くて熱くて焼かれるお魚みたいな気分だったけど、ひとなめしたらふっとんだ。
「おいしい!」
 ソーダの味の冷たいクリームが口全体を涼しくして、そのまま胃の中に直行していくのがわかる。すっごくさわやかな味。思った通り!
「ソーダ味だ。ホントにソーダ」
 だじゃれを言ってケラケラ笑うお姉ちゃんと苦笑するお兄ちゃん。
 おじいちゃんはゆっくり食べながら、ぽつんとつぶやいた。
「ラムネはうまいのう。子どもの頃を思い出すわい」 

 しばらくしておじいちゃんを迎えに老人ホームの人が来た。その人はお兄さんと警察官にすごく謝っていた。おじいちゃん、老人ホームを脱走したんだって!
「でもどうしておじいちゃんは遠井海岸に来たの?」
 僕が聞くと、老人ホームの人はちょっとかがんで僕に目線を合わせた。
「あのおじいちゃんは、昔南の国に戦争に行ってたんだよ。そこで仲間が死んだことや、たくさんの人を傷つけたり殺したことをずっと後悔しているんだ。夏になると遠井海岸から戦地へ出発したことを思い出して、ここまで来ちゃうんだよ」
 おじいちゃん、そんなことがあったんだ。なんだかかわいそうだなあと思っていたら、お兄さんがぷっと吹き出してお姉さんを指さした。
「わかった! さっきお前、南国の現地人と間違われたんだよ!」
「はあ?」
 たしかに顔が黒いし目の周りは白いし、まつげバサバサで金髪で、日本人とは違う顔になってるもんね。お兄さんが超笑うから、お姉さんますます怒っちゃった。
 食べ終わると、おじいちゃんはひまわりの絵が書いてある小さなバスに乗り込んで、手を振りながら行ってしまった。

「さて、あとは浩太君だな。親戚の人に連絡は付いたのかな?」
 僕は食べ終わったソフトクリームの紙をポケットに入れ、覚悟を決めた。

 お母さんに電話をしてくれたお兄さんは、少し話をしてから僕にケータイを渡してくれた。お母さんは、一人でアイスを食べに言ったことをゲキ怒ったけど、そのあと言った。
『お母さんもそのアイス食べてみたいから、今度のお休みはそこに行こうか? 電車で行くから、浩太、案内してくれる?』
 僕は大きくうなずいた。
「もっちろん! いろいろ教えてあげる!」
 行き方も料金もばっちり調べてある。電車も今度は止まらない。待ち時間にはガムがサイコー。
 そしてソーダソフトは、画期的でフクザツでさわやかな夏味だって事を。

G11 旅は道連れ世はソーダ味
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