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F04 境界線上の魔王

 吟遊詩人はかく語る。

 この国にある道に果てはあるのかと問われれば、あると答えねばなりますまい。
 ひとつは雪山に閉ざされ、ひとつは森の中に消え、ひとつは大河に阻まれ、道の数ほどに果てはあり、さまざまな理由で途絶え、人の世はここまでと語られましょう。
 皆様が御所望の悪名名高き境界線の魔王の話も道の果てより始まります。

 それは西方の最果ての荒野に立ちし男の物語。
 彼はその道の先に棒ひとつ持って立っていました。
 それより先は木陰もないただ一面の荒野で、風が吹き抜ければ砂塵が舞うような水さえも乏しい地。
 最初に彼を見つけたものは、冒険家でした。世界の最果てを目指し、たどる道程で彼に出会い立ち去りました。
 それは皆様もご存知の“道を知るもの”ラドの三番目の冒険譚に語られ、創作のものとして現れました。

 それは道の番人の物語。
 再び、彼を見つけたのは、冒険譚のうちに真実があると信じた王の命により差し向けられた騎士たち。
 木のように動かない男はまだ若く子供と言っても過言ではないようでした。
 騎士たちは、男を連れて行こうとしましたが、彼は首を振り答えました。
「ここより先は、人去りし地。その先を行くものを止めるのが役目ゆえにここより動くことは叶いません」
 王への確かな証として、男は騎士にその髪と手に持っていた棒を渡しました。
 こうして、彼は創作として表れ、現実として認識されたのです。
 そして、彼をみにいくものたちが現れたのです。
 道を越えてゆこうとするものも。

 それは境界線上の魔王と呼ばれる男の物語。
 そこまでたどる道は消えそうになく、彼よりあとには道がありませんでした。
 彼は変わらず、捧を携え立ち、問います。
「ここより先は、人去りし地。その先を行くものを止めるのが役目ゆえ、行くなら証明してみせて」
 そう言い捧で自分と相手の間に線を引きます。
「僕を超えられるくらいに強いことを」
 それでも超えることを選択したものもいます。しかし、打ちかかる剣も銃も魔法も一呑みしてしまいます。
「ごちそうさまでした」
 無表情に手を合わせ、打って変わった笑顔で、彼らがここまでたどった道を指し示します。
「おかえりはこちらですよ」
 振り返った瞬間、足元にぽっかりとあいた穴に落ちるのは騙されたような気分で。
 たどり着くのは我が家。

 こうして、強いものがいると知れ渡り、命知らずなものどもが彼に挑み追い返されてきたのです。
 道の行く先を知りたがるものたちも訪れ帰っていったのです。
 しかし、まれに帰らぬものたちがいましたが、それは魔王に食われたのだと噂されています。
 真実は帰ってきたもののみ知るものでありましょう。
 彼らは、道の果てに立つ番人であり、その先に進もうとするものを阻むものをいつのころか、こう呼ぶようになりました。
 境界線上の魔王。





 というのは実は言い過ぎでそんなにたいした話でもない。
 本当の境界線上の番人は木刀を削っていた。
「へくしっ」
 小高い丘から、帰るところのないものの町を見下ろしながら。
 その丘をひょいひょいと登ってくる男に気がつくと手を振った。
「詩人、ヒマなのはわかるが噂だけ流してくるのやめてくんない? 魔王とかなにそれ、みたいな」
 詩人と呼ばれた男は澄ました顔で、
「経済活動です」
 と返して小袋を彼の前に落とした。
「ウケは良いですよ。適当に脚色して全土に著者として名前を残すのです。それに、金は必要になってきたでしょう」
 魔王と呼ばれる男は顔をしかめた。小袋でありながらずっしりとした重さが、中身が金貨だと示している。しばらくは、食べていける金額だろう。
 眼下の人々を養うのは義務でもないが、目の前で死なれるのもイヤだったからこんなことになる。
 境界に突っ立っていればよかったときとはもう違っている。
 道程を振り返らない者や帰る先がないものがいるとはおもっても見なかった。最初の帰らなかった少年は、今は町のまとめ役、帰らないものがいると噂を聞いてやってきた詩人はこうやってふらっとやってきて金を落としていく。
「俺は隠居したいんだが」
「何を言います。我らが王よ」
 ますます魔王は顔をしかめて木刀を削った。
「いて良いといってくれたのは、貴方なんです。責任とってください」
 詩人は笑って丘を下っていった。
「責任、ねぇ」
 削り終えた木刀になんと銘をいれようか迷っているうちに遠くから鐘の音が響いてきた。
「久しぶりのお客さんかねぇ」
 警戒の鐘の音はよく響く。
 彼は木刀に銘を入れるのを諦めて、それを携え丘を降りた。その道の先に行くことを止める、それだけのために。

 これが、のちにセフィラ国となるのはまた別の物語。

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