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F02 ばみゅーだ☆とらいあんぐる

 東中の桜の木には、両思いになれるっていう伝説があるんだとか。もちろん俺はそんなこと信じてない。
 もうすっかり葉桜となったその木の下に、バミューダとオージが立っている。風がざわざわと吹いて、枝が大きく揺れている。
「だから押すなよ」
「大吾、チョー気になってるくせに」
「うるっせえ」
 俺たちは校舎の陰に隠れて、ぎゅうぎゅう押し合いしている。しかしなに言ってるか全然聞こえない。ホントに告白してんのか?
 よーく耳をすませてみたけれど、聞こえるのは葉っぱのざわざわ言う音と、俺と一緒に隠れている友達ダチのおしゃべりばかり。
「あ!!! 大吾!!!!」
「やべっ!!!」
 見つかった。バミューダがこっちに向かって走ってくる。俺は全力で逃げた。

 昼休み。東中の一年三組の教室はいつもこんな感じだ。
「でさー。こんどWiiでドラクエが出るんだって」
「マジー? 剣振って倒すの?」
「ぎゃははは。マジで!!」
 俺たちは祐馬、猪口、有賀と今度出るドラクエの話で盛り上がっていた。有賀が机から飛び降りて剣を振るっている。それを見て俺たちはまた笑う。
「ズバッ。かいしんのいちげき!」
「ももんじゃは起き上がった。仲間にしてほしそうにこちらを見ている」
「だが断る!」
「ははははは。あははははは」
「とおっ。食らえ! 必殺剣ーー!!」
 有賀と猪口の殺陣たてが始まった。「やるなっ」とか言いながら見えないライトセイバーでぶおん、ぶおんとつばぜり合い。俺は祐馬と机に座って足ぶらぶら。
「あー。また机に座ってる。いけないんだ」
 そこへ割って入ってきたのは、バミューダだった。
 俺は机から飛び降り、ポーズをとる。
「出たな! 怪人バミューダ!!!」
「なに? いつも思うんだけどなんで怪人なわけ?」
 大豆生田おおまみゅうだ麗香。通称バミューダ。やや大きなセーラー服に身を包んで、髪の毛を二つに結んでいる。見た目は悪くない、というか普通、というか、むしろかわいいんだけど! もちろんそんなことは口に出して言えやしない。ぜーーーーったいに、言えやしない。
「くらえっ!! はかいこうせんーー!!」
「そんなの効くかあーーーっ!!」
 その怪人バミューダ。はかいこうせんをものともせず、歯をむき出しにしながらこっちに向かってきた。
 俺は机を盾にしてさっと隠れる。そして攻撃のチャンスをうかがった。
 祐馬、猪口、有賀もそれにならって机に隠れ、そして素早く取り囲むように動いた。こいつらは東小のときからの友達だ。何も言わなくてもさっと遊びに混ざってくる。
「大吾隊員! こいつは手ごわいぞ!」
 有賀が叫んだとおり、バミューダの動きも素早く、なかなか包囲網が完成できなかった。机が乱れる、椅子も乱れる。「またやってるー」との女子たちの声がする。

 俺とバミューダはあかつき幼稚園、東小、そして東中とずっと同じところで、家も隣同士。いわゆる幼馴染ってやつだ。
 だから知っている。昔のバミューダは今みたいに勝気で俺を言い負かすような子じゃなかった、ってことを。むしろいつも泣いていた。泣き虫バミューダ。ばみゅーだ、って言われるのも嫌がってた。俺はそれを知ってた。
 でも。いつの頃だったか、今まで泣き虫で俺たちに何も言い返せなかったバミューダが、俺たちにやり返してくるようになった。今ではクラスの女子の中心的存在として、よくはしゃいでいる。
 もちろん、そうなってから余計に俺たちの攻撃の的となっている。やっぱり泣き虫よりかは一緒にぎゃーぎゃー騒いでくれるやつの方が楽しい。
「おい怪人! 机押すのは反則だろー!!」
「うるさいっ!」
 机を割って目の前に現れた怪人バミューダに、俺はキョドった。慌てて、足がもつれる。その隙を逃さず怪人バミューダは、びし、とほんの軽くおでこにチョップをくらわせた。
「ぐわー! バミューダの必殺技、ソリッドスラッシュがー!」
 俺はおおげさにのけぞる。怪人バミューダの手から発せられた必殺技によって俺はダメージを負ったのだ。もちろん命名は俺だ。今つけた。「なにそれ」というバミューダの声を受け流して、そのままばったりと倒れこむ。
「なにー! やられたか、大吾隊員!」
 俺の後を追って、祐馬、猪口、有賀がバミューダにビームを浴びせる。
「もうっ! しつ・こい・なあっ!!」
 バミューダが一喝しながら机を押すと、彼らも「うわー」とか言いながらおおげさに倒れた。俺たちの全滅だ。ちょうど予鈴が鳴る。先生が入ってきて「机ぐちゃぐちゃじゃーん! 直しなさい」と言う。みんなぎゃーぎゃー言いながら机を動かす。でもあまりはかどらない。俺は机を直すこともせず、自分の席、窓際の前から二番目の席に座った。
 今日もバミューダ退治は失敗に終わったのだった。あーあ。これから数学かぁ。

 放課後声をかけてきたのは、オージだった。
「大吾ーっ」
「なにー?」
「聞いたよー。大豆生田おおまみゅーだと幼馴染なんだって? いいなあ」
「なにが。どこが。てか、おおまみゅーだってなに」
 呼ぶならちゃんとバミューダって呼べ。
「いやーそれ、かわいそうだよ」
「どこがっ」
 佐々木大二郎だいじろう。通称オージ。大二郎という名前とはたぶん関係ない。「王子っぽい」キザったらしいふるまいでオージ。西小ニシショーのやつらがそう呼んでいるから、俺たちもいつの間にかそう呼んでいる。
 東中にあがってくるやつは、東小と西小と、半々ぐらいだ。こいつは西小出身だった。まだ新学期になったばっかで、俺たちはお互いのことをあまり知らない。俺は東小の奴らと遊んでばっかりいた。
 やつは俺を階段の踊り場の隅に連れ込むと、遠慮がちに聞いた。
「ねえ、大吾って大豆生田と、その、つ、付き合ってんの……?」
「はあああああああ???」
「あっ、しーっ、しーっ」
 なに言ってんの? 付き合うとか。そんなことをどもりながら言った気がする。かっかしている俺を見ながら、なぜかオージは微笑んでいる。余計に腹が立つ。彼はそっか、と言いながら髪をさらっと撫でた。
「じゃあ俺、告白しちゃおうかな……」
「は?」
 今度こそ、何言ってんの? と思った。しかもあのバミューダに? 信じられない。
 そりゃちょっと顔はかわいいかもしれない。でも口やかましくて、すぐ先生に告げ口したりチクッたりして。付き合ったりとか、ばかじゃねーの。
 でもオージはにやにやしてるだけだった。むかつく。むかつく。
「あー大吾! いたいたー!」
 祐馬が探しにきたから、俺は呼びかけに応じて階段を下りていった。
「なにしゃべってたの?」
「なんでもねーよ」
 走りながらそう答えた。でもなにかもやもやする。

 そんなこんなで、オージがバミューダに告白するって話はあっという間に広がった。放課後、伝説の桜の木の下で。なぜかひにちまでも噂は広がっていて、俺たちは校舎の裏から観察することにした。
 バミューダをからかういいネタになるからであって、決して、気になるとか、そういうことじゃない。ないはず。
 結果は見ての通り。俺がバミューダに見つかり、ぶち壊しにする形で幕を閉じた。
 バミューダに追いかけられ、俺――俺たちは縦横無尽に走り回った。ようやくバミューダの姿が見えなくなり、振り切った、と校舎の裏に戻ってきたら、すっかりみんないなくなってた。
 あきらめて帰るか。あーあ。ゲームの話したかったのに。
 夕焼けの中、俺は帰り道をとぼとぼと歩いていた。ただそれだけなのに、まさかこんな展開になるなんて予想もしていなかった。
「そこの君っ!」
「はっ?」
 振り返ると黒いスーツに身を包んだ男たちがビシッとポーズを決めていた。黒スーツ、黒ネクタイに、黒いサングラス。髪の毛はみな同じように固めてある。
 うわーーー、あやしい。
 びっくりするよりまず先にあやしいと思った。それにしても、全然気づかなかった。いったいどこから出てきたんだ。
 じろじろ見ていると、男たちはえりを正した。ピシッと。ハリウッド映画みたいにキマっている。だけど、なんでこんなやつらがここに?
「君っ。あだ名撲滅委員会に入る気はないか?」
 俺がぽかーんと返事をしないでいると、男は勝手にうなずき、話を進めた。
「うむ、よくぞ聞いてくれた。あだ名撲滅委員会は、文字通りあだ名を撲滅させる組織だ! 不名誉なあだ名をつけられて、嫌な思いをしたことはないか? 私たちは、そんな君の味方だっ!!」
 ジャキーン! というなぞの効果音とともに、男たちはまた戦隊もののようにポーズを決める。
 とりあえず、こう思った。
 間違ってる。
 俺にはそんな経験はない。声かけるんなら……バミューダだろ。言いたくはねーけど。
 それにそれに。黒スーツでかっこつけて「あだ名撲滅委員会」はナイだろ!?
「ありえねー……」
 それが素直な感想だった。
「え?」
「いや、どーでもいい。意味わかんねー」
 先頭にいる男の笑顔スマイルが崩れる。
 あまりのわかりやすさに、ぎょっとした。俺は慌てて弁解する。
「だって、俺別に嫌な思いとかしたことねーもん」
「そうか……残念だ」
 男たちは意味深にうなずきながら、歩み寄る。俺はじりじりと後退する。
「なに? なんで近づいてくんの?」
 なんとなく気味が悪い。
「では私たちは君を教育する。そう、二度と人をあだ名で呼ばないように! ひいては二度と人を傷つけることのないようにな!」
 意味わかんねえ!
 男たちは歩みを止めないどころか、速くなってきた。俺ももはや後ろを向いてられるほどの余裕はない。くるっと向きを変えてかけ出した。追いかける男たちの足音がドタドタと大きくなる。
 とりあえず家まで帰ってしまえば勝ちだ! 俺んちはこの細い私道を抜けてすぐそこだった。砂利に足をとられそうになりながらスピードを上げ、角を曲がる。
 だが、そこには同じ黒スーツの男が待ち構えていた。
「なっ!? なんだよこりゃあっ!!」
 俺は急に止まることもできず、目の前の男の脇をすり抜けようとする。
 華麗によけた、と思った瞬間、シャツのすそがつかまれる。
「くっ! 待ちたまえ君っ!!」
 ダメだ。つかまる。
「待ちなさぁい!!!」
 観念しかかったとき、そこへ黄色い声が、降ってきた。
 草ボーボーの空き地に建てられたプレハブの屋根の上に、人影がひとつ。
「卑劣な悪をゆるさないっ!! 魔法少女マジカル☆レイカ見参!!!」
 そこに現れたのは、どう見ても。
 バミューダだった。
「くっ! 現れたなマジカル☆レイカ!! 今日こそは成敗してくれる!!」
 男たちは当然のように答える。
 不思議なことに、この状況を誰もおかしいと思っていないようだった。
 バミューダ……そのマジカル☆レイカは華麗に飛び降り、きらびやかな杖をひとふりする。
「必殺! 魔法的不可避光線マジカル・インポッシブル・アターック!!!!」
 きらきら舞う謎の光線によって、男たちは「ぐわー」などと間抜けな叫び声をあげて次々と倒れる。
「お、おぼえてろー」
 お約束のように男たちはすて台詞を吐いて逃走した。
 俺はその一部始終をただポカーンと口をあけて見ているしかなかった。
 彼女はひと仕事したーとばかりに汗をぬぐっている。いつも下のほうで結ばれているおさげは上のほうで結ばれ、ラメの入ったリボンがかかっている。着ているものは安っぽいコスプレ服とかそんなちゃちなもんじゃない。遊園地とかで見るヒーローショーのような、まるで本物だ。本物のヒーロー、いやヒロインだった。
「だいじょう……あ!!!!」
「……バミューダ?」
 ようやく彼女は俺に気づいたようだった。
「ちっ、違うわ! 私はマジカル☆レイカよ」
「……」
「……マジカルとレイカの間には星印がつくの。これ、お約束よ」
「……うん、どうでもいい。てかバミューダだよな」
 彼女は恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしてにらんでいる。
「なんでよりによって大吾なのよっ……!」
 彼女は自分がバミューダであることをようやく認めたようだった。
「はははは。なんつーの? 『マジカル……』えーと? 『ばみゅーだ☆とらいあんぐる』だっけ? はははは」
「違うもん! 違うもん!」
「もっかいやってみせろよー」
「うるっさい!」
 ばしっと叩かれた。
「ぎゃー。これが『ばみゅーだ☆とらいあんぐる』の威力かー」
「いーかげんにしろー!」
 そこにいるのは見た目こそは違うけれど、まったく普段のバミューダだった。

 彼女は気まずそうにしながらも色々教えてくれた。
 数年前から魔法少女こんなことをしていること。あだ名撲滅委員会あいつらに勧誘され、力に目覚めたこと。
 俺は当然の質問をしてみた。
「なんでバミューダあいつらをやっつけちゃったの? 変なあだ名撲滅委員会、だっけ」
 バミューダなら、そっち側にいってもおかしくないのに。
「……べっつにい」
「なんだよー。教えろよー。教えないならみんなにバラす」
「それはだめっ!」
 でも教えてくれたっていいじゃん。そうグチのようにつぶやくと、彼女はあっさりとこぼした。
「だってしょうがないじゃん。私が大豆生田麗香なら、たぶんずっとバミューダなんでしょ。そう呼ばれるのが私自身なんでしょ。……なんかよくわからなくなったけど、えっと、つまり、そう考えたら、私、嫌じゃなくなったもん」
 優等生みたいな答えだった。俺が気のない声を出したら、バミューダは怒ったように俺を見た。
「大吾……覚えてないの? それ言ったの、大吾なんだよ」
「は?」
 全然覚えてなかった。
「もう!! ばかー!!」
 なんでかわからないけどいっぱい叩かれた。よくわからないけど、俺は謝った。
 俺は必死で記憶をひねり出した。えーと、昔バミューダを泣かしたことがあって、そのときにこんなことを口走ったような気がする。イヤな記憶だから思い出さないようにしてたけど、バミューダは覚えてたのか……。
「このこと、絶対に内緒なんだからね。絶対に絶対」
 そう言われて、ちょっと勝った気になった。こんなこと他のやつは絶対に知らない。オージもだ。今日の告白がどうだったかなんて、もうどうでもよくなった。
 俺は聞いてみた。
「バミューダ……今度からマジカル☆レイカって呼んでいい?」
「絶・対・にイヤっ!!」

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