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E12 世界ノ果テノソノ向コウ

「博士、ドジっちゃった、ごめん……。夜が明けてから”シェルター”にお願い」
 オフェーリアからの脳-脳(ブレイン-ブレイン)通信が入ったのは午前3時も過ぎようかというころ。
 俺は、コンディションデータを要求する。瞬きを一つすると、瞼の裏に、データ画面が像を結んだ。負傷の上に失血がひどい、表示はアラートで真っ赤だ。
 断続的にだらだらと続いている戦争で、今、メインの戦力になっているのは艶やかなナノマシン結合の装甲をまとった戦闘要員、通称ドォルだ。
 オフェーリアも、その一人。モンタニ軍属の女戦士だ。彼女はかなり意地っ張りなたちだ。メンテが必要だとしても、動けるなら自分でここまで来るだろうし、夜明けまで待てるなら明るくなってから通信をよこすはずだ。それがこの時刻に連絡をよこした、ということは、要するに、夜明けまで意識を保つ自信がないのだろう。
「ドォルともあろうもんが、何やらかした」
「セシドの追っ手も、ドォルだったの」
 俺は、舌打ちをして、愛用の道具をおさめたツールバッグをひっつかみバイクに飛び乗った。

 このあたりは、対立関係にある2つの勢力、モンタニとセシドの国境に近い。シェルターはこの町のさらにセシド国境側にある。地上は古ぼけた小屋だが、地下は、戦争の前に建造された小規模なシェルターになっている。俺たちの脳-脳通信が通じるように、特殊なアンテナを立ててある他は、大きな改造もしていない。
 周辺は半分廃墟で、視界が悪い。サーチをしてみたが、オフェーリアを追って国境を越えてきたというドォルの影はない。
 ドォルはたいてい軍属だが軍が支給する標準装備だけで戦場で生き延びることは難しい。で、俺のような民間技術者……テクノロイの出番になる。正確には軍規違反なんだが、戦争も何百年か続いていると、軍規がぐずぐずになっている。
 標準以上の装備を買うために、彼らはときどきちょっとした裏社会経由の仕事に手をだす。そこでドジを踏むと今回のようなことになる。
 小屋のドアを開き、食料庫にみせかけた床の戸を上げると、そこがシェルターの入り口だ。
「俺だ、入るぞ」
 声をかけてから、梯子を降りた。
「もう、夜明け?」
 オフェーリアの声が朦朧としている。
「なに寝ぼけてやがる」
 何時間も放っておける状態じゃないことが認識できてないとしたら問題だ。
 オフェーリアの腕の非装甲部分に、セラミック製のボウガンの矢が深々と刺さっている。動脈を傷つけたのか、出血はまだ止まっていない。オフェーリアの傍らに見知らぬガキがいて、年齢は16か7というところか、長めの髪、ベルトにツールバッグをつけた、よくある服装。
「ぼくには抜かせてくれなくて」
と声変わりが終わりきっていない声で、ぼそぼそ言う。あたりまえだ。ドォルは、信頼したテクノロイにしか自分を触らせない。
「なんだ、こいつは」
「今日の、雇い主」
「ふん」
 要するに自分の負傷の原因を、オフェーリアはそのまま拾ってきたらしい。
 装甲の一部解除を指示すると、オフェーリアは素直に従った。露になった肌にまず人工血液のパックをつないでから、傷の手当にとりかかる。消毒液で洗い、局所麻酔をかけてセラミックの矢を抜く。止血をし、細胞回復ジェルで覆い、仮外殻で保護する。なんか知らんが、ガキが興味深々と注視している。
「名は」
「ジャラン」
と名乗ったが本名だかどうだか。
「セシドか?」
 顔立ちと服の雰囲気で見当をつけた。ジャランは否定しない。
「セシドのガキが、どうしてモンタニのドォルを雇う?」
 ジャランは、黙ったままだ。
「自白剤でも打ってほしいか?」
「無駄だよ」ジャランは、俺の目をまともに見返して言った。「ぼくは、テクノロイだから」
 指で長い髪をかきあげて見せた。複数のバイオメモリー・スロット。バイオメモリーは、手短にいえば、脳から直接アクセスできるコンピュータだ。メモリーも、それを装着するためのスロットを頭蓋に設ける手術も、それなりに高価なので、技術要員──テクノロイ──以外が使っているのは見たことがない。貴重なメモリーの中身をぺらぺら喋ったりしないよう、通常、手術と同時に自白剤耐性がつけられる。もっとも薬が全く作用しなくなるわけではない。秘密のかわりに胃の中身を吐くようになる。この密室で、その後始末をするなんざ、想像するだけでうんざりだ。
 メモリーを装着するスロットの増設手術は、一財産かかる。ジャランの若さで、複数のスロットを持つのは珍しいが、うらやましいとは思わない。自分で稼いだのではない金で体に何かを埋め込まれるということは、金を出した誰かに借りを作ることだから。
 メモリーのほうは、いやなら本人の意志で排出して、他の人間に使わせることもできる。一方、本人が望まない場合は。金属イオンの溶出がない武器(たとえばセラミック)を使い、首を切り落とし、首ごと保全液に漬けてから処理をしなければ、メモリの中身は損傷してしまう。
 俺は、オフェーリアから抜いた、セラミックの矢を踏みつける。ごり、いやな音がして剛性の矢が折れた。ジャランは、ぎょっとしたように俺を見て。初めて、俺が自分自身を若干カスタマイズしていることに気づいたようだ。脚部のサイボーク化。まあ、ブーツみたいなものだが。
「逃亡テクノロイってことね?」
 オフェーリアも事情を知らなかったらしい、深いため息をついた。ジャランは、オフェーリアに向き直る。
「あなたに怪我させるはめになったことは、申し訳なかったと思っています。ごめんなさい。3日くらいは誤魔化せるつもりだったんだ、実際には、逃げ出して3分で見つかっちゃったけど」

 怪我があまり目だたなくなるまで、オフェーリアを軍舎に帰すのは難しい。とりあえず、この“シェルター”に篭ることになった。食料や闇物資の調達から軍への届出の誤魔化しまで、必要なあれこれは、オフェーリアの戦闘パートナー、女戦士ティタニアが引き受けてくれた。
「そのかわり、何があったのかはきっちり聞くからねー?」
 ティタニアが差し入れと一緒にもってきたのが、セシドのドォルが国境を越えて、モンタニの町に入り込んでいるという噂。コートで装甲を隠して、人を探しているらしい。
「ドォルの装甲がちらっと見えたのは1人だけらしいんだけど、3人組だって」
「じゃ、追っ手のドォルは全員、こっちに残っているのね。セシドへ戻らずに」
「ドォル3人が護衛って、この子ひょっとして、すごい上流階級かなんか?」
「逃亡テクノロイみたいよ」
 オフェーリアは肩をすくめる。
「“裏”の仲介屋経由で、話が来た時には、テクノロイだなんて知らなかったんだけどね。ただ、たんに、子供一人、海まで送って行けば、20ギルだって」
 海は、セシドの町の向こうにある。20ギルはお金持ちの坊やなら出せない額じゃない。
「そりゃ、国境は越えなきゃいけないけど。戦闘をしかけずに、バイクに乗っけていくだけだったら、そんなに無理だとは思わなかったし。セシドの運び屋だと親に通報されちゃうからモンタニの人間に頼みたいんだって言われて、引き受けちゃった……、で、迎えにいったら、すぐに、バイクが追っかけてきたわけ。赤い装甲のドォルが3機」
「3対1かぁ。よく生きて帰ってきたわねー」
 自分のパートナーのことだっていうのに、へらへらした調子でティタニアが言う。もっとも、こいつは普段からこの調子だ。
「しょうがないからモンタニ側に逃げ込んで、なんとか撒いて、ここに隠れて博士を呼んだ。……明るくなるまでは、奴らが探しているんじゃないかと思って、夜が明けてから来てって言ったんだけど、すぐ来てくれたんで、正直助かった」
「ジャラン、お前。3日は誤魔化せるつもりだった、って言っていたな。なんかカモフラージュしたつもりが駄目だったってことか」
「はい」
 ジャランは素直に頷く。
「これからどうするんだ。セシドのドォルどもが探している状態で、海まで行くなんて、土台、無理だ。帰る気はないのか?」
「殺されます」
 ぽつ、と、答える。
「じゃぁ、このあたりで、テクノロイになるか? 仕事なら、紹介してやってもいい」
 黙って、かぶりをふる。あくまで、海に行きたいらしい。
「ティタニア、仲介屋に、ひとっ走り連絡頼めないか? オフェーリアの契約は俺が買い取る。……ジャラン、お前には返金と違約金が入る。それで契約は終了だ」
「お金あるのー? ジャランの違約金と仲介屋の取り分、全部で50ギルくらいにはなると思うけど」
 ティタニアは痛いところを突いてくる。
「相応分の作業受託で払うさ。俺の腕は奴らも知ってるはずだ」
 50ギルなら、1ケ月も働けばなんとかなるだろう。
「ちょっとまって。博士に出してもらう義理はないわ」
 オフェーリアが声を上げる。
「オフェーリアは、上得意だからな。死なれると、こっちも困るのさ」
「あらあらー、博士、裏の奴らの受託、嫌いなのにー」
 ティタニアは唇を尖らせながら、シェルターを出る梯子を握る。
「待って!」
 ジャランが悲鳴のような声をあげた。
「待ってください。どうしても海へ行きたいんです。……ぼくのバイオメモリのうち1本は、最近発掘された、Dクラッカー、ディメンション・クラッカーの技術資料なんです」
 震える手で、ベルトにつけたツールバックを開く。取り出したのは、子供の頭より少し小さい装置。数百年前に発明され、その後、なぜか使われなくなった謎の装置、Dクラッカーだ。
「次元をこじあけて、飛行物体を次元の外へ吹っ飛ばしたって聞くが。それと海がどう関係があるんだ?」
「もうひとつ使い方があります。他の世界への道をつくるんだ。世界の果てのその向こうへ」
「他の世界?」
「別の世界。パラレルワールド。計算してみたんだけど、海の上なら、……海岸から1km、水深100mもあれば、まわりを破壊したりせずに起動できる。出ていけるんだ。この世界から」
 ジャランの表情は……、「夢見るガキ」だ、と、俺は一人ごちる。どう考えても、馬鹿げている。馬鹿げているはずだ。どうしてこんなに、嬉しそうな顔ができるんだ。
「行き先は、見えるのか?」
 俺の質問に、ジャランは極上の笑顔でかぶりをふりやがった。
「ここよりは、どこだってマシです」
 ここ。この世界。数百年もだらだらと戦争が続いている世界。子供の体に高価なバイオメモリーを埋め込み、裏切れば殺し屋を差し向ける世界だ、ジャランにとっては。
「セシドの町を越えて海へ行くのが無理なら、湖でもいいんです。モンタニの側に、どこか、水深の深い湖はありませんか」
「水深100はないな。だが……」
 俺は少し考えた。
「むしろ、空中はどうだ」
「飛行機を奪うのは、とても無理です。気球は考えました。考えましたけど、上がる速度が遅すぎて、下から撃たれます」
 俺は、にやりと笑ってやる。
「メモリーを“ハンググライダー”で検索してみろ」
 バイオメモリーは、取り付けさえすればデータの全てが使えるわけではない。知識はそこに存在するだけだ。検索し読み出さなければ、自分のものにはならない。
 ジャランは、少し遠い目になる。テクノロイが、バイオメモリーに意識を集中するときの、独特の表情だ。そこにぱっと、笑顔が咲いた。
「これなら!でもどこから飛べば……」
「ここから山岳方向へ数十キロ行ったところに、おあつらえの崖があってな。飛んでみたことがある。そんときに作ったハンググライダーが、まだある。くれてやるよ」
「飛んだことがあるんですか!」
「あぁ。メモリーの中で見つけたもんのなかでも、とりわけ楽しそうだったからな」
「あぁ、やだやだ、テクノロイって」
 ティタニアの声が割って入った。
「目新しいおもちゃのことになったら、モンタニもセシドもないんだから」
 横では、オフェーリアまでが、顔に賛成の表情を浮かべていた。

 数日後、オフェーリアの傷もほぼ塞がった(ドォルの回復は速いのだ)。
「いい風が吹いている」
 風の強さと向きで、決行を決めた。
 もともとジャランと契約しているオフェーリアに加えて、ティタニアまでがどうしても参加すると言う。ジャランは俺のバイクの後ろ、オフェーリアはティタニアの後ろ、2台のバイクで町を抜け、山岳地帯へ向かった。
 バイクの後部には、ボウガンよけの盾を立ててある。
「走りにくぅい」
 ティタニアの愚痴が、脳-脳通信で飛び込んでくる。
 町を出ると、見慣れた灰色の空の下、視界は荒野になる。長居はしたくないが、短時間なら大した影響がない、軽度汚染地帯。3台のバイクがつけてくるのが見えた。気づかれたと判ったらしい、空気抵抗の大きいコートを脱ぎ捨てた。衣服がバサリと後ろに飛ばされ、ドォルの赤い装甲が露になる。
「ジャランが地上へ出たとたんに来たな」
 ジャラン自身かDクラッカーに、電波追尾がついている可能性は、出立する前から予想していた。
 ダン! 音と盾の振動で、ボウガンの矢を弾いたとわかる。オフェーリアが、運転をティタニアにまかせて振り返り、バズーカで応戦を始める。だが、敵もなかなか器用に蛇行を使い、容易には当たらない。ボウガンとバズーカの応酬。距離は微妙に詰まってくる。ティタニアが、追っ手と俺たちのバイクの間に、バイクを位置させた。ボウガンの射線を塞ぐ気だ。
 もう崖は近い。バイクの上で、ジャランが立ち上がった。グライダーの翼を広げる。翼は風でびりびりと震えて、今にも浮き上がりそうだ。十分な浮力を得たと思ったら足を固定したフックを解除する、それで飛ぶはずだ。気になるのだろう、グライダーのハーネスに固定したDクラッカーの装置をしきりにいじっている。計算では、飛行に入ってから操作しても十分間に合うのだが……。
 がつん、という衝撃があった、ジャランがバイクを転がり落ちた。急ブレーキをかけ、バイクを止めて駆け寄る。うつぶせに落ちたジャランの肩には、ボウガンの矢が深くつきさっていた。
「逃げてっ!、スイッチが入った……、10秒しかない、崖が崩れる、逃げて!」
 ジャランがうめく。落ちた衝撃で、Dクラッカーのスイッチが入ったのだ。俺は、自分のツールバッグを開く時間、ナイフを探す時間、ハンググライダーをジャランの体に固定したハーネスを切る時間を計算する。それとも、ジャランの体ごと、崖から放り投げるか?
 俺は、迷いながらジャランの身体を抱き上げ……、その瞬間に風が吹かなければ、俺の判断は変わっていたかもしれない。
 俺は走った。サイボーク化した脚部のフル稼動。その勢いで、翼は風に乗る。
 空中へ舞ったグライダーの翼の下、ジャランを繋ぐハーネスとの間に身体を割り込ませた。翼の向きを繰るコントロールバーを手に取る、少しでも崖から、ドォルたちから離れる方向へ……。
 強烈な圧迫感が襲った。Dクラッカーが起動したのだ。
 俺は、この世界から出て行きたいと思ったことはない。だが、ああ、そうか。こいつがどう動作するのかはちょっと見てみたかったんだな。たしかに、テクノロイっていうのは、因果な人種だ。──意識が、飛んだ。

 なんだか知らない、チュピチュピ啼く何かの声で目が覚めて、跳ね起きた。傍らには、ジャラン。唇が、蒼い。既にこと切れているのは明らかだった。何が楽しいというのか嬉しそうな笑顔を浮かべたまま。
 投げ出された拳を、胸の前で組んでやろうとして、何かを握っているのに気付く。バイオメモリー。……この世界に着いた時には、生きていたのだ。最後の力を振り絞って、排出したのだろう。
 ジャランと一緒に埋めてやるべきじゃないか、という気もしたが、どうしても中を見たいと思ってしまうのはテクノロイの業(ゴウ)か。ベルトにつけたまま壊れもせずにいたツールバッグから、消毒液を出して拭った。自分のサブメモリの内容を、全てメインに移す。サブメモリを排出し、……ジャランのそれを入れた。
 思ったとおり、Dクラッカーの技術資料。しかし、一つだけ、真新しいデータが書き込まれていた。ジャランの最後の記憶データ。
 ジャランは天を仰いでいた。自分が投げ出された草地の感触を感じ、上に茂る木の葉の緑を、生まれた世界では見たことがないほど澄んだ青の空を見ていた。全身の激痛にもかかわらず、静かな歓喜が意識に満ちていた。唇が、呟く。
「巻き込んで、ごめんなさい。Dクラッカーにはまだエネルギーが残っていると思います。どうか、帰ってください。そしてあの人達、きれいなドォル達に伝えて……。ごめんなさい、ごめんなさい……、ありがとう」
 バカヤロ。レディーの名前くらい、覚えるもんだぜ。
 ……自分の目から水が出るのは、気のせいだと思う。

E12 世界ノ果テノソノ向コウ
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