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E08 人生に乾杯!

 ぼくの大好きなあの子はお花屋さん。名前は百花。この名前のおかげで花に興味を持ち、花屋の仕事を選んだのだと、いつか花を買うときに聞いた。ぼくの名前は太陽。空にある太陽が花を照らすように、ぼくも彼女に振り向いてもらえたらいいんだけど。
 朝早くから花をたっぷり詰め込んだバケツをいくつも外に出し、お客が注文すれば見事な手さばきで花束にリボンをくるくるとラッピング。
 ぼくは隣のコーヒーショップで頼んだブレンドが冷めるのもかまわず、彼女をじっと見つめている。
 さあ、夕方だ。ぼくはようやっと席を立つ。ブレンドの代金を支払って、弾んだ色の踊るタイルの道を、浮かれる気持ちで隣の花屋にいる大好きな彼女の元へ。
 彼女に見えない店の影で一回深呼吸。願い事はたったひとつ、今日も彼女とたくさん話せますように。
 それと今日はもうひとつ。
「あら、いらっしゃい。太陽さん、今日は遅かったですね」
 ここに通うのは毎日の日課。いつもはもう少し早い午後に訪ねて花を包んでもらう。
「花が欲しいんです」
 ぼくの当たり前の言葉にも彼女は明るい笑顔で「はい」と頷く。
「また、私が選んでもよろしいですか?」
「いいえ、今日は自分で選びます」
 普段は彼女に選んでもらった花で部屋を飾って、彼女のことを想うのだ。けれど今日は違う。
 君が好きな花をぼくが選ぶ。
「紅色の薔薇に白いカスミソウをたっぷりつけてください」
 君が好きな花は薔薇だけじゃないけれど、花が好きな君を好きになるとぼくも自然と花に詳しくなるというもの。
 赤い薔薇の花言葉、それは『死ぬほど恋いこがれています』
 白いカスミソウは『夢見心地』
 それはぼくの気持ち。
 ぼくは夢にも彼女を見て、現実でも彼女を見ているだけで夢の中に居るように幸せなのだ。
 水仕事で少し荒れた、けれど百合のように真っ白な手がくるくると包装紙を巻いていく。
「花を贈られる方が羨ましいわ。毎日、どなたに送っていらっしゃるんですか?」
「……いや、それは……」
 自分の部屋に飾っているとは言い出しづらく、もごもごと口を動かして、いやいやここで負けるもんかと気合を入れなおす。
「ぼくが花を買うのはあなたに逢いたくて。花の世話をしているあなたも、綺麗に動く手も、ぼくはあなたが大好きです」
 驚いた顔で彼女がぼくを見る。
「この花束は、ぼくが初めてあなたに贈りたいと思った花です」
 あまりに驚いた顔を見ているとだんだん自分の顔が俯いてしまう。悪い返事が返ってきそうで怖い。
「……花をありがとうございます」
 やがて、たっぷりと時間が経った後、彼女が口を開いた。いえとかなんとかもごもごと返事をするぼくに彼女が尋ねた。
「リボンは何色にしますか?」
「リボンをあなたの返事にしてください」
 それならと彼女は赤いリボンを結んだ。俯いたぼくの視界にちらりと赤いリボンが見える。
 赤いリボンの意味は『幸福』。
 がばっと顔をあげたぼくに彼女は「とても嬉しいです」と花のように笑った。どんな花より綺麗な笑顔だった!
 その日、お店を閉めた後、ぼくらはふたり連れ立って、タイルに負けないくらい弾んだ気持ちで初めてお茶を飲みにいった。

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