作品・作者一覧へ

D04 黄昏ストーキング!

 何を考えているのかわからない。そんなことを言われているのはいつものことだ。でも、何を考えているのか周囲に対して筒抜けな人間なんてどれだけいるのだろうか。
 あいつはすぐに顔に出る。単純なヤツだ。
 そんなことを言われる人は多くはないが壊滅的な数とは言えない程度に少なからずいる。
 では、それは果たして本当にそうなのか?単純と言われている人間は周囲に認識されていることが全てなのだろうか?―そんなことは決してないと断言できる。表に見えている部分がその人の全てだなんていうのは根本的にありえない。反抗期の子供ですら、外で友人には愛想よく振る舞いながら家に帰った瞬間に素っ気ない態度を取ったりするものだ。性格を使い分けている。たまたま表に現れている部分が見えたとしても、たったそれだけのことでその人の考えがわかったと思い込んでしまうのは危険な行為でしかない。勘違いでしかない。
 そんな状態で築きあげる人間関係など崩壊へと進んでいく滅びの道でしかない。―ただ死へと向かう人の命の結末のように。
 そんな破滅的な人生だ。考えてることが周囲に伝わらないなんてことは些末なことでしかない。好きなことを好きなようにやる方がいいに決まってる。だってそうだろ?やりたくないことをする必要なんて、この世の中にはないんだから。
 ただ不幸なのは、それにも関わらず世の中にはやりたくないことが溢れていて、やりたくないことをやるように迫られることが普通というクソみたいな道理がまかり通っている。
 だから、俺は外に出ることをやめた。
 この部屋の中だけは自分のためだけに存在していると思える。この部屋の中は自分のための王国で俺はそこの王様であり、たったひとりの国民だ。だから、全ては思いのまま。だって、国民はひとりだけなのだから。誰も文句の言いようが無い。革命が起きる事の無い絶対王政を敷き続けることができる。
 誰にもへつらうことなく自分が絶対な世界。そう、自分こそ絶対。
「まーくん!お母さん買い物出てくるからね!何か欲しいものあるの!?」
 階下から煩い怒声にも近い叫び声が聞こえてくる。クソッ、なんで俺の世界を邪魔したがるんだ。ファッキンババァ。
「まーくん寝てるの!?何もいらないんだね?!」
「うるせぇババァ!起きてるんだよ!いちいち叫ぶんじゃねえ!!」
「あんた、お母さんに向かってババァとは何よ?!生意気なこと言ってると何も買ってきてあげないからね!」
「プリン!プリン好きなの知ってんだろ!さっさと買って来いよ!」
 まだ俺の好きなものも覚えられないのかよ。そんくらい黙ってても買ってきやがれ。
「はいはい、帰りにスーパーで買ってきてあげるわよ」
 少し声のトーンを落として、落胆気味に発した言葉を俺は決して聞き逃さなかった。
「っざけんなよ!駅前のスイーツプルプル☆のに決まってんだろ!プッチンして落とすやつなんて買ってきたらぶっ殺すぞ!プッチンなんて、プッチンなんて邪道だ!」
「あんたなんてプッチンしてあげる価値もないわ!皿すら準備して上げないから自分の手のひらにプッチンしてなさい!」
 まったく、そもそも部屋から出てくることすら無いのにぶっ殺すなんて、悔しかったら部屋から出てきなさいよ。そんな捨て台詞と共に家のドアが閉められる音が聞こえてきた。あいつ、ちゃんと買ってくるんだろうな。プルプル☆のプリンじゃ無かったら、宅配ピザ10人前でも、あいつの名前で隣の家の住所に送ってやろう。隣じゃバレるか……普段井戸端会議を一緒にしている、仲良しのオバサン(ホットカーラーを毎晩念入りに巻きすぎて常時アフロ状態の人だ)にしておこう。
 さて、アフロマダムの住所はどこだっかな、と忘れる前に調べようと机に向かおうとしたところで、その上に置いてあるデジタル式の時計が視界に入る。時刻は既に夕方から夜へと移り変わるあたりを示していた。やはり時計はデジタルに限る。アナログなんてファジーなものは信じられないからな。秒単位で正確に且つ瞬時に情報を得ることができるデジタルの方が断然使い勝手がいい。
「なんて、言ってる場合じゃないだろ俺!」
 今日はいつもよりも起床時間が遅かったためか、ライフワークのスタートが遅れてしまった。いくら夜型の生活をしているとはいえ、サングラス姿の司会者が昼間っから馬鹿騒ぎしている番組が終わるかどうかの時間には起きるようにしている。しかし、今日は違った。いつもなら、外に日が差し始めたころには床に就くのだが、ネット掲示板でグラビアアイドルのスキャンダルを巡る祭りが開催されていて、それに参加していたせいで、就寝が遅れてしまったのだ。
 こんなことで、ライフワークを怠るわけにはいかない。
 数年掃除などしていないため、物と同時に埃も積もりに積もっている机に向かうとマウスをカシャカシャと振る。そうすると、スリープモードになっていたモニターに明かりが点り、この部屋で唯一の光源を兼ねたPCが動作を始める。このPCの電源も長らく落とした記憶が無い。
 そして、そのまま右手に握り締めたマウスを操作して、デスクトップにたくさん並んでいるアイコンの中から、青髪ツインテールで大きな目をした少女が描かれた物を選びダブルクリックする。すると2秒ほどのウェイト画面の後にアプリケーションが立ち上がった。
 アプリケーションは一瞬のうちにモニター全てを埋め尽くすサイズでウインドウが展開される。そのウインドウには左側の僅かなスペースに操作用のメニューが並んでおり、他の全ては地図の表示に費やされている。そして、地図上には赤いマーカーが1つ明滅していた。
 これは俺が1年半もかけて製作したものだ。ある特定の携帯電話の電波を元にその行方を探知してマップ上で追跡してくれる、ちょっと素敵なアプリ。
 そう、これが俺の日課でライフワーク。この赤いマーカーの動きを夕方になると毎日追いかけている。昼間はやらない。これをするのはいつも夕方から夜にかけてだけだ。昼間はこの女、生真面目にもきちんと学校に通っているから見ていても全く面白みが無いのがその理由だ。さすがの俺も動かないマーカーを眺め続けるほど暇じゃあない。狙うのは下校時刻から先。そこからの動向だ。
 人によってはこの行動を「ストーカー」だなんて言うヤツもいる。ストーカーなんていうのは、『特定の他者に対して執拗につきまとう行為を行なう人間のことをいう』らしい。少なくともwikipediaはそう言っている。その定義で話をするのであれば間違いなく俺はストーカーなんかじゃない、決してな。だて、そうだろう?俺はつきまとうどころか部屋から一歩も出ないんだから。
 しまった、ちょっと遅くなってしまったようだ。思った以上にマーカーは移動してしまっている。明滅を繰り返す赤い光点は想定していた場所からは遠く離れ、既に駅の繁華街口の辺りまで来ていた。もしかすると今日は電車で移動するつもりなのかもしれない。もう結構な時間だと言うのに今からどこへ行くというのだろう?そんな思案に思考を奪われながら机の上に出しっぱなしにしていたコーラを口に含む。ぬるい。
 当然のことながら炭酸も完全に抜けてしまっている。しかし、この甘ったるいだけの液体が喉を通る感覚が心地よい。炭酸なんてものは体を蝕むだけだ。しかし、このコーラという飲料は炭酸さえ抜いてしまえば高カロリーで短時間に栄養を摂取するには優れたものと早変わりする(と、有名な格闘漫画で読んだ)。
 しかし、ターゲットはそのまま電車に乗ることなく移動を開始する。なんだ、駅前は人通りも多いし知り合いにでも会って話し込んでいたのかもしれない。少しだけ安堵しこちらも出しっぱなしにしていたポテチを袋からガサガサと取り出して頬張る。当然、湿気ってしまっている。これは、ただ不味いだけ。ターゲットは駅を出ると西側の繁華街へと進んでいく。そちらは。どちらかと言うと夜の町といった面持ちを呈しており、そろそろ時間的にも賑やかになってくる頃だ。基本的には居酒屋やバー、焼肉屋などが立ち並ぶのだが、カラオケ店や洋服屋などもあるので、比較的明るい時間から人通りはそこそこにある。
 しかし、そんなそこそこに人通りのある大通りをはずれ赤い光点はこそこそと裏路地へと入っていった。その足取りはいつもよりも少しゆっくりとしたペースで進んでいるようにも見える。
 ちょっと待て!この通りって、風の通り道じゃないのか?!
 この町にはなぜか不思議なふたつ名がついている場所がいくつある。そのうちの、ひとつがここだった。通称「風の通り道」。人はこの通りに長く居座ることは決してない。短ければ30分程度、長くても2〜3時間でこの地域を後にする。ただ、吹き抜けていくだけの場所。それ故に名づけられたのだ。噛み砕いて言うと、風俗とラブホテルが立ち並ぶ地域ということ。そんな中にゆっくりとした足取りで入っていくターゲット。怪しい――しかも、足取りは変わらずゆっくりとしたペースを保っている。
 まさか男連れか?!寄り添いあって「どこに入ろっか?」なんて言葉を交わしながら戸惑っている可能性……ある!往々にしてある!何でこんなネガティブな方向にばかり冴えてるんだ俺!これは、もう間違いないじゃないか。
 いや、待て。ここで挫けちゃ駄目だ。負けちゃ駄目だ。もしかすると、他の可能性もある。考えろ。こんな時こそ優れた頭脳をフル回転させる時じゃないか。気を抜いてなんていられない。
 そうこうしている間にターゲットは移動することを止め、ある一点で明滅を繰り返し続けていた。
 俺はアプリケーションからメニューウインドウを呼び出し、3Dアイコンをクリックする。すると先ほどまで上から見下ろすように描かれていた地図から、実際に路地を歩いているような視点へと画面が切り替わる。残念ながら、この映像はリアルタイムに送られているものではなく、規定のデータ内のものをつなげているだけのものだ。しかし、周囲に何があるのかを見渡すには十分。視点を動かし、ターゲットが止まった位置には何があるのかを確認する。わずかな希望を打ち砕くかのごとく、そこにそびえ立っていたのは一昔前に流行った北欧の城を模したタイプのラブなホテルだった。なんでこんな場所に。そんな感情が頭を過ぎる。いや、考える由もない。そんなことは決まっている。結果なんてひとつしかないじゃないか。
 一度、頭を支配してしまった嫌なイメージはなかなか晴らすことができない。そのフラストレーションを自分の中だけでは処理することができずに、そのエネルギーは自然と外へ向けられた。自分の意思とは関係なく振り下ろされる両の拳。そして、何者にも遮られること無く自分の目の前にあった机へと拳は吸い込まれ、その衝撃により無造作に置かれていたポテトチップスの袋は宙へ舞い、コーラのペットボトルは体を横に倒すこととなった。耐衝性にすぐれていないポテトチップスは、きつね色の体をさらに小さくし周囲に散らばり、コーラはボトルの口から、黒色の液体を垂れ流し、机から床へと川流を描いてしまう。
 シット!!
 舌打ち程度では自分の気持ちを収めることができず、思わず呪いの言葉が口をつく。
 なにこれ?何の裏切り?一途な思いを胸に秘めていたのは1人だけだったの?
 これじゃ一方通行の袋小路だ。いくら、進んでもその先にあるのは行き止まり。決して相手の所までたどり着くことなどできなかったのだ。ただ、今まではこのまま進んでいけばいつかゴールにたどり着けると信じていた。そう信じて、ただ真っ直ぐ(やってることはストーキングだけど)進んできた。
 ただ、その先に待っていたのがこんな結末だったなんて……報われない。
「母さん………信じてたのに……」
 早くに父親を亡くし、母子2人で暮らしてきた。その中で部屋から出ることができなくなってしまった僕にとって、接することのある異性なんて母さんだけだったじゃないか。そんな中で、こんな気持ちを抱くことなんて普通のことだろ?
 なんで……なんで、受け止めてくれないんだよ。
 失意のあまりに、もうこれ以上画面を見ることができない。あれ?おかしいな。目から溢れる何かで前が見えないよ。机に置きっぱなしにしていたハンドタオル(クマさん柄でポップなデザインがお気に入り)で今も量目から溢れ続けている何かを拭い、アプリケーションを閉じようとしたその時、ネットから引っ張ってきている3D地図に自動更新がかかった。
 そして、前の前に現れた新たな現実。
 
 半地下1階にカフェできてね?
 
 キタ━ヽ(ヽ(゚ヽ(゚∀ヽ(゚∀゚ヽ(゚∀゚)ノ゚∀゚)ノ∀゚)ノ゚)ノ)ノ━!!!!
 思わず、興奮しすぎて頭の中に大型掲示板でよく使われる顔文字がマーキーで現れる。
 もう千尋の谷に落とされた獅子の子の気分だったじゃねーか。そんな谷から這い上がれる気なんてしないっての。生んでいきなり、他の鳥の巣に托卵されたカッコウの子供の気持ちを危うく味わうところだった。赤の他人の愛情じゃなくて、実の親の愛情でできれば育ててもらいたい。そもそも、俺に他の卵やヒナを巣から蹴落とす生命力なんてなさそうだし。この部屋に余所の家の子がいたら、すっごい小さくなるに決まってる。托卵反対。
 何にしても、これで俺は袋小路の先にあった壁を乗り越えることに成功した。もはや無敵の力を手に入れたのではないかという気分だ。石仮面を手にしたディオ。クリリンを殺された悟空くらいの無敵っぷり。あと、目の前に広がるのは輝かしい未来のはず。
 そうだ、これを機会に部屋を出よう。もっと広い世界を目にしてもいい頃なのかもしれない。
 そうしよう。まずは今までお世話になったこの部屋を綺麗に片付けるところからはじめるんだ。
 
 
 部屋の片付けもあらかた終わり、そろそろ一段落といった所で玄関がガチャリと開く音が聞こえてきた。どうやら、母親が帰ってきたらしい。そのまま、ゴソゴソと玄関で買い物袋を漁る音がした後、ほどなくしてそれは階段を上る足音へと変化した。
 コンコンッ
「まーくん入るわよ〜」
 返事を待つことなく部屋のドアが開けられる。
「あら?どうしたの?こんな部屋を片付けなんかしちゃって?何かあったの?」
 いつもなら面倒だと思ってしまう母親の疑問符3連打にも、今日は苛立つことなく受け答えができる。だって、壁越えちゃったし。
「そんなんじゃないよ。そんな気分になっただけです」
 いつもと違う自分が見られたということからか、何故か敬語を使ってしまった。ツンデレじゃなくて、ただの照れ。
「あー、わかったエッチな本を隠してるからお母さんに見られたくなくて掃除してたんでしょ?あんたも男の子だねぇ」
「ちげーよ!そんなわけねーだろ!って、母さん上着のボタンを掛け違えてるよ?」
 思わず普段の口調が出てしまった。まぁ、いっか。急に変わるのも変だしね。
 あれ?ていうか変だな……家を出るときにはボタンを掛け違えてはいなかったような……。
 そんな疑問を俺がもっていることなどお構いなく、母親は「あら恥ずかしい。こんな格好で外を歩いてたなんて」などと言いながらボタンを全て外し、帰宅した安堵からか上着を脱いでしまった。
 そして、その下に来ていたのは薄手のニット。いい年して体のラインが現れてしまうような服を好む人だから困る。まったく……。
「………母さん。ブラの紐が肩から落ちてない?」
 体にフィットした服は肩から落ちた紐のラインまでしっかりと浮き上がらせていた。いくらなんでも不注意すぎるだろ。
「あら、やだ時間がギリギリだったから急いで着たものだから……」
 そう言って母親は顔を照れたように赤らめた。え?なになに?そのリアクションはいったい何?スーパーの特売か何かの時間にギリギリだったから焦って家を出たんじゃないの?いったい何を焦ってたの?いったい何の時間?
「いやぁ、やっぱり休憩は短いよね。宿泊ならたっぷり時間はあるんだけど、さすがにこの時間からじゃね。もっと遅くに行ってれば、そういう選択肢もあったんだけど」
 情報量が多すぎる。そんなに一気にいろんなことを与えないでくれ!ほら、俺の頭はいつもメモリ不足だから。いや、マジでお願い。
「あぁ、そうそう丁度いいタイミングだから今、話があるんだけど時間ある?」
 俺の事情なんてお構いなしに更に話を切り出してくる母親。軽くオーバーヒート気味の頭をしているので、聞くべきかどうかの判断も付かずに2つ返事でそれを了承する。うん、いいよ。
「そろそろ、新しいお父さんを紹介したいんだけど、大丈夫?」
 せっかくだから、どこかで食事しながらがいいから部屋の外に出られるかな、なんて言葉を接いで赤らめていた顔をさらに朱に染め上げるマイマザー。
 おかしいなぁ。これなんのフラグだろ?あれかな?行き止まりの壁を越えてみたら、そこには円満な家庭が築かれた家が既に建ってましたってやつ?むしろこういうのこそ厳しく規制してくれよソフ倫。
 完全に許容範囲を超えてフリーズ寸前の俺。それに対して恥ずかしそうに頬を染めた母親。
 この空気に耐えられなくなって先に口を開いたのは、デレモード全開の母親の方だった。
「そうだ、ちゃんと言われた通りにプリン買ってきたけど食べるでしょ?ほら」
 そう言って、買い物袋からプリンを取り出して、渡してきた。
 
「母さん、これプッチンじゃねーか」

D04 黄昏ストーキング!
作品・作者一覧へ

inserted by FC2 system