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C08  変化妖怪花火道

 市の財政難と折からの不況のために寄付がおもうように集まらずS市で長年親しまれてきた花火大会が中止になって久しい。
 くだんの花火大会はバブル期に外国花火を取り入れるなど大会の規模を大きくし単なる市民花火大会から国際花火大会へとへんぼうをとげた。
 それにより知名度はぐんとあがり市の人口増加も相まって来場者が年々増加したのは自然の成り行きだった。
 ここ数10年で会場周辺の環境は急激に変化したコトもあり再開するには交通整備や安全対策のための警備増員は不可欠となる。
 花火大会の復活を望む声は毎年絶えなかったが費用不足とは反比例するこの問題も再開への大きな壁となっていた。
 そしてついに市民の願いがかなえられそうだとの一報はちょうど1年前の夏祭りの壇上で市長自らが発表。
 大々的な宣伝をやめ規模は以前に比べてかなり縮小されるとのはなしだったが、じつに5年ぶりとなる花火大会開催宣言に市民および近隣の住民はおおいによろこんだ。
 その朗報に手をたたいたのは、どうやら人間だけではなかったようである。

 
 
「橙や黄、それから青をだすのは簡単なんですが」
「じゃあ逆にむつかしい色を教えとくれ」
「緑や紫や――」
「桃は? 鮮やかな濃い桃色はだせないのかい?」
 女は返答を待たずにせっついた。
「あたしは紫から桃のぐらでーしょんの花火がみてみたいんだよ」
「そりゃまたえらい乙女ちっくな」
「なんだよ、おかしいのかい?」

 
 
 S市の花火大会の怪異。
 以前より花火師のあいだだけでまことしやかに囁かれている噂があった。
 花火師が打ち上げた花火にまぎれこみ見しらぬ花火が空で開くのである。
 S市で毎年花火をあげていた西山組の親方のはなしによると、
 最初はただの火の玉だった。
 そのつぎの年は、
 10個ほどの火の玉が輪になり、まるで懸命に花火を真似ているようであった。
 という。
 さらにつぎの年は水に落としたインクのように空中でにじむ、みょうちきりんなものではあったが、連発花火の中でならかろうじて花火に見えないコトもないようなできだったそうだ。
 そのように年々それは腕を上げていき中止となる直前の花火大会つまり5年前には素人どころか親方でさえも本物とみわけがつかなくなるほどのすばらしい花火を見せてくれた。
 ちゃくちゃくと精巧に花火を真似るようになるそれを花火師らはいつしか楽しみにするようにもなっていた。
 とある年の花火大会では2発しか用意していなかった弐尺玉が3発あがったというのだからなんとも豪胆な話である。
「妖怪らの1年に1度の盛大な悪戯なんじゃろう」
 親方はそういってカカカと笑った。

 
 
 最初にそれをやり出したのはとある鬼火であった。
 あやしい焔にきづいた数人の見物客が悲鳴を上げ失神。
 それに味をしめ翌年に仲間を引き連れて花火を真似てみようとこころみたのがあらためておもえば妖怪花火のはじまりだった。
 大勢の見物客からたまやかぎやと叫ばれて拍手喝采を浴びるのはじつに爽快であったと悪戯に参加した鬼火らは口々にいいあった。
 もとより妖怪なんぞはひとの驚くさまを見るのが大好きなのだ。
 狐狸などの変化妖怪は鬼火に混ざり花火化けに参加したが他のあやかしどもも、だまされている人間を見物しない手はないとこっそり見物客にまぎれこみ、なんやかやと花火大会を楽しんだ。
 そんなわけだから花火大会中止の報の落ち込みよう、再び開催されると知ったさいの妖怪どもの喜びようは、いわずともご想像いただけるだろう。
 しゃかりきとなった妖怪らが化けた花火がその日あげられたどの花火よりも大きく素晴らしく美しかったのも。
 夜空に咲く一瞬の芸術である花火がじつに30分ものあいだ夜空で消えずにどうどうと輝き続けたのも、すべてはなんともしがたい、あふれでんばかりのうれしさからだったのだから。


 
「感極まったって? 莫迦だよ、あいつら」
 消えないでほしいと願うひとは多かれどもやはり花火は夜空を彩る一瞬の美でなくてはならない。
 紫から桃色のグラデーションの花火に見物客とりわけ女性の歓声が高くあがり割れんばかりの拍手で会場が沸いた。
 それがしだいにざわめきへと塗りかえられ、一種異様な空気が熱気を吹き飛ばした。
 女は消えない花火を見あげながら舌打をした。
 白地に大きな藤の花が染めだされた浴衣は昨今の流行浴衣のような派手さはなく地味なたたずまいだったがすずしげで風流だった。



 きらきらと空にまかれた花火の星はまたたきながらひとつ、またひとつと流れ落ちて消えゆき、やがて夜の色に溶けてゆく……のだが、そこからなぜかひと粒の星が輝きを取り戻した。
 一等星となったひとつから伝染するように消えかけた星がづぎづぎに復活し、おなじ場所におなじみごとな花火を開いてみせた。
 わっという歓声が文字どおり大地をとどろかせた。
 新種の花火ではないかと見物客も最初こそ喜んだが、1分、2分と過ぎるうち、さすがに異変にきがついた。
 さん然と輝いたままいつまでも消えぬ夜空の花。これはいくらなんでもありえない。
 酒のせいか若さのせいか一部で妙なテンションになるものもいたが、まるで映像の繰り返しのようなあまりにもできすぎた花火に感情の持って行きどころを失ったひとがほとんどだった。
 3分が経過し、女はふたたび舌打した。
「久々すぎて勝手を忘れちまったらしいね。ややこしいことになる前に退散するよ」
 女がいうのを合図に雑踏の中からざわりざわりと妙な影が女のもとに集まってきた。
 背が高いのから低いの、丸々と太ったもの、棒のように糸のように細いもの、花火大会にまぎれこんださまざまなあやかしどもだった。
 街の灯は遠く、篝火のようであり、はたまたはるか昔にどこぞの浜でみた漁火のようでもあり、そんな小さなつぶの光がここまで届くコトはなく、あやかしらの姿は闇に溶けこんだままである。
「ほら、はやくおいきったら。ぐずぐずしてると、しょうちしないよ」
 女は名残惜しそうに花火を見あげるあやかしどもの尻を順に叩いた。



 すべてをおいはらったあと女は腕を組みふうと息を吐いて空を見あげた。
 打ち上げられた花火はなるほど注文通りのできであった。それ以上といってあげてもいい。
 姐さんやりましたよ、やってやりましたよ、という鬼火らの声が今にも聞こえてきそうであり女は感嘆しながらもあわれに思った。
 悪乗りした鬼火らをどう仕置きすべきか思案していたのだ。
 しかしすぐに良案が思い浮かぶわけもなく女は喧騒を抜けだすと足早にその場を離れ、街の灯とは逆側に土手を下り、葦の生い茂る川岸にすぅと姿を消した。

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