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A10 月のゆりかご

 よれよれの服、よれよれリュックの男が歩いていた。
 荒れ果てた街道のどこからも、鳥の声や木々のざわめきは聞こえない。踏みしめる砂利の音と、風の音だけがBGMだった。
 その街道を歩くしっかりしたその足取りは若者のものだ。だが、汚れと疲れで顔までよれよれだ。
「見えて来た」
 道の先、小高い丘に街の目印となるタワーが目に入る。
 もうひと頑張り。
 男は、水筒から水を飲むと、少しだけ歩みを早めた。

 日が傾く頃、男はくたびれた街に着いた。
 廃墟と化した建物も沢山見受けられる、豊富な水だけが救いの街だった
 通りの人影はまばらで、その人々もどこかくたびれていた。その目には光はなく、ただ死んではいないというだけという有様だった。
「みんな、変わっちまったなあ」
 思わずつぶやいた男に「そうかい?」と声をかける者がいた。
 振り向くと、若い女の姿があった。女は、半ばがれきと化した石のベンチに腰掛け、笑顔を浮かべていた。その顔は男と同様に薄汚れていて髪も伸び放題だったが、目鼻立ちは整っており、まあまあ、いや多分美人と言って良かった。
「あたしはずっとここに住んでるけど、ここんところ何も変わっちゃいないよ。ずっと、寂れっぱなし」
 声をかけられて少し驚いたが、他の者と比べて生きた目をしており、惹かれるものがあった。
「そうか。ガキの頃住んでたんだけど、あのころはそれなりににぎわってたんだよなあ。それなりにだけどね」
「そうでもないわ。元々、小さな街よ」
「あははっ、そうだった」
 男は思わず笑い、「よろしく、俺はトシ」と、右手を差し出した。
「あたしは、シノブ」
 その手を取って、立ち上がる。トシにとって、久々に握る女の手だ。
「で、トシは、こんな街に何の用? 食事くらいなら案内するけど」
「ありがとう。じゃあ、食事の前に用事を済ませようかな。日が暮れそうだ」
「付いて言って良い?」
「別に良いけど、墓参りだぞ」

 二人は街を抜け、丘の反対側にある墓地へと歩いた。
 落ちかけの日が、目印のタワーからの長い影を、墓地を横切るように落としている。
「誰のお墓?」
「俺の爺さん。あと、もう一カ所、どのへんだったかな」
 トシは祖父の墓への祈りを終えると、別の墓を探し始めた。墓地は広く、なかなか見つける事が出来ない。
「あった。久しぶりだね、また来れるとは思ってなかったよ」
 日が落ちきる直前,ある墓にたどり着いた。トシはそれに向かって声をかけ、そして祈りを捧げた。
「こっちは誰? 名前、女の人みたいだけど、お婆さんかな」
「……相方、ってとこ。結婚しようかと思ってるうちに、死んじまったけどな」
「あ、ごめんなさい。そっか、いろいろあったもんね」
「いろいろ、か。でも、随分昔の事さ。さて、用事は済んだ事だし、飯にでもしよう。でも、この辺に喰える所あるかな」
 トシは町並みを思いだしながら言った。さて、あの街、日が暮れてもやってる店があるだろか。 
 それから二人は街に戻ってみたが、トシが思った通り、店はきれいに閉まっていた。少々物騒で不景気ななこの街では、仕方ない事だった。
「仕方ないか。宿でも探して、手持ちの物でも喰おう。帰るのは明日にして」
「なんだったら、あたしんちでどう?」
 女はちょいちょいと手招きして訊いた。
「おいおい、俺は男だぞ。家族はどう思うんだよ」
「ここんとこずっと、一人暮らしよ」
「よけい、まずいだろ」
「ははっ、こんな汚い女でよければ、お好きにどうぞ」
 シノブはそう言って笑うと、「それに、外から来る人なんて、滅多にないからね」と、トシの手を引いた。
 
 やや強引に連れてこられたシノブの家は、一人で暮らすにはやけに広かった。
 その庭、というには妙に広い敷地で野菜を育て、トリを飼っていた。
「見ての通り、庭もやたら広いからね。食べものには困ってないわ。それにあたし、小食だから余っちゃうくらい」
 シノブはそう言うと庭に出て、カゴいっぱいの野菜と、タマゴを持って来た。
「俺も、男にしちゃ小食だよ」
「はいはい、遠慮しないで」
 その日の食事は、トシにとってほんとうに久しぶりのごちそうだった。この辺では最近どうにかに育つようになったという、白い米まで使われている。
 腹一杯に食べ、水筒じゃ味わえない、冷たくて美味しい水を沢山飲んだ。
「今日はありがとう。何か、お礼がしたいよ」
「じゃあ、ひとつお願い。今夜、一緒に、星を見て」
 シノブの望みは、それだけだった。
「そんなんで、いいのか?」
「かまわないわ。だって、トシったら、昔好きだった人に似てるんだもん。こんな所に居る分けないんだけどね。それに、トシには大事な人がいたし」
「墓のこと? 随分経つんだ、逝っちまってからさ。でも、残念だなあ、俺がその人じゃなくて」
「ちょっと、残念。でも一緒にいたいの」
「わかった。こんな汚い旅人で良かったら、な」
「汚いのは、お互い様。そうだ、久しぶりにお風呂わかそう!」 
「風呂? まだ動くのか」
「多分ね。奇麗にする意味も無くなっちゃってから、ずっと放置だけど、何とかなるわ。電気なら来てるから」

 トシは先に風呂へ入り、面倒な体だと思いつつ久々にヒゲを剃った。
 着替えは持っていなかったが、シノブの兄がかつて着ていたものを借りることが出来た。
 こんな心地よい気分を味わったのはいつ以来だろう、と思う。
「お待たせ」
 しばらくして、シノブが風呂から出て来た。
 淡い黄色のパジャマに着替え、伸び放題の髪は後ろで束ねられている。いわゆる、ポニーテールだ。
「しのん?」
 その姿に、トシは思わず動きを止めた。
「!?」
 その言葉に、シノブ言葉を失った。
 かつて、自分が「高校生」と呼ばれて居た頃の、懐かしい渾名だった。
「ほんとに、しのんなのか。うそ……マジかよ」
 その姿は、同じクラスの前の席で、いつも後ろから眺めていた同級生、通称「しのん」そのものだった。
「トシって、もしかして、トシアキ?」
 ふたりは、唖然としたままその場に立ち尽くした。 
 久しぶりの再会。危うく、気づかなかったかもしれない再会。
 気がつくと、ふたりは思わず互いを抱きしめていた。
「トシ……何年ぶりだろう。会えて、嬉しいわ。とっても、とっても。寂しかったよ……友達も家族も、とっくに居なくなっちゃったんだから」
 胸に顔をうずめるシノブ。トシは言葉を紡げずに、ただただ抱きしめていた。
「ねえ、トシ。帰る時、あたしを連れて行ってくれない?」
 シノブは顔を上げ、すがるように訊いた。
「いや、それは出来ない」
 トシは静かに答えた。
「あたしじゃだめ? 忘れられない人がいるから?」
「いや、そういうんじゃなくて」
「足手まといかな……」
「ちがうんだ。本当は、俺に帰る所なんてないんだよ。墓参りが終わったら、その……仲間入りするつもりだったんだ」
「そんな、今まで生きて来たのに」
「あっちこっち、旅して来たけど、どこの街もこんなもんさ。みんな、死んでないから生きてるだけ。俺もまあ、似たようなものだから、取りあえず知ってる人が居そうなこの街に戻って来たのさ。まさか、本当に居るとは、思ってなかったけどさ」
 トシは、悲しげな笑みを浮かべて言った。
「でも、最後にしのんと会えて良かった。さあ、今日は一緒に休もう」
 その言葉に、シノブは短く「やだ」とだけ答えた。
「……そうか。知らない方が良かったよな。俺、そんなに親しくなかったし」
 すっと、トシが体を放す。
「ちがうよ、トシ。どうせなら、この街で一緒に暮らそうよ。ええっと、友達ってことでいいから。余ってる部屋、貸すから」
 去ろうとするトシを捉まえながら、シノブはその顔を見上げた。
「いいのかよ。ずっと想ってる人がいるんだろ?」
「『いた』の」
「そうか。すまなかった」
 トシは、かつての恋人のように、墓場の住人になってしまったと思った。
 が、それはすぐに覆された。
「わからない? 願いは叶ったのよ」
「えっ、俺?」
「だから、お願い……」
「俺は男,だよ。一緒に居たら、ほら」
「いい、いいんだよ。今でも、好きなんだもん。それにさあ」
 シノブは笑顔を作った。嬉しいのに、悲しげな笑顔だった。
「もう、子供なんて作れないから、安心して」
 その言葉に、トシが「やっぱり、しのんもそうなんだ」と、肩を落とした。
「しょうがないわ、あれから……ええっと、何年経ったのかな」
「二千四百七十三年。いや、四年だったかな」
「だからごめんね、あたし、もうこれしか残ってない」
 そう言うと、シノブは服をめくり、臍の上にある小さな蓋を開いた。その中には、ひと掴みほどの肉の塊が、透明なシリンダーに詰めらた状態で収められていた。
 トシも「俺も、似たようなもの」と、腹を開く。やはり、同様だった。
「沢山残ってる方よね」
「そう、だな……残りの殆どは機械。食べものの味だって、本当はどうだったか忘れちゃったよ。でも……キスくらい、できるかな」
 優しく、出来るだけ優しくトシは笑ってみせた。
「いいの? 大切な人、いたんでしょ」
「逝ってから八百年は経ったし、許してくれるよ。それにさ……」
「それに?」
「いやまー、俺じつはなー、しのんのこと、ずっと片思いしてたと思ってたわけでー。だからなー、実は両想いだっていま気がついてだー、どうして良いか分かんないんだよなー」

 そして街の灯りも消えて来た頃、ふたりは屋根に登って空を見上げた。
 南の空の天辺には、ひとり輝く下弦の月。
 そして、天の川が闇を切り分けていた。
「奇麗な夜空だな。こんな風に、夜空を見上げるのなんて何年ぶりだろ」
「いいでしょ。街から人が減っちゃったけど、逆に夜空は奇麗になったわ。昼間はちょっと、ホコリっぽいけどね」
 澄んだ空気に浮かんだ星々。街の灯りにはない美しさだ。
 このまま、一晩中語り明かしても良いと、トシは思う。
 なにせ、湯冷めも風邪も心配いらないのだ。
「懐かしいな」
「うん」
 そして、話したいことはいくらでもある。
 二人が高校時代を過ごした、この街のこと。今は、色々な形で「居なくなった」友達のこと。そして、跡形もなくなってしまった学校のこと。
「学校ってやつが、世界中から無くなって、どれだけ経つんだろう」
「あたしたちが卒業してから、そんな後じゃない……千年後くらいかな」
 二人は、曖昧な記憶をたどってみた。
 そう、学校が消える『少し』前に、人類は不老不死を手に入れた。
 それには脳と、僅かな遺伝子サンプル用の「肉」を残し、体の大半を半有機構造体に作り替える必要があった。が、病気の心配が無いうえ、肉体的な感覚や記憶を失うことも無い、画期的な技術だった。
「ごちそうを食べればこんなに美味しいし、しのんといっしょにいると、こう、いい気持ちなのに」
 すぐに、人々はその技術に飛びついた。それには、かなりの費用――といっても、先進国の中流クラスなら払える程度、――が、かかった。世界を見れば、その金が払えない者が殆どであり、金があっても拒絶する者も居た。
 そして、五百年、千年と経つうちに環境は激変し、不死の体を作った者だけが生き残った。
 そのときはじめて、大きな代償に気がついた。
 ――子供を作れない。
「子供は『普通の体』の者が作れば構わないって、あの頃はみんな思ってたよなあ。なんてバカだったんだろう」
「気がついた時は、遅かったよね」
「その時から、世界から夢も希望も、どこかに消えてしまった。恋だって、みんな忘れてしまった」
「でも、トシの中には残って」
「人類最後の恋心……」
 そして、短いキス。
 くたびれた世界の、くたびれた街。住人たちは皆、僅かな自分のカケラを腹に仕舞った、人間の残滓だった。世界中の何処に行っても、変わらない。
 だが――
 時を超えたキスの味が、二人を生きたものにした。 
 そして――
「そうだ、しのん。俺たちの子供を、作ろう」
 トシは、噛み締めるように言った。
「でも、あたしは……」
「産めなくても、作ることは出来るさ! ……うわっ」
 勢い良く立ち上がり、転びそうになる。が、その顔は笑っていた。
「これだけ、サンプルが残ってるんだ。二人で遺伝子をシャッフルして、新しいサンプルを作っちゃおうよ。見た目も、シャッフルしてやるんだ」
「それって――」
「俺たちの『子供』そのものさ! 技術も道具も、きっとどこかに残ってる!」

 翌朝、二人は旅に出た。
 技術者と、賛同する仲間を捜しに。

 そして、七十二年。
 かつて、巨大彗星が一周するのにかかっていた年月が過ぎたある日……。
 黄昏時の街に、百人ほどの集団が現れた。
「やっと帰って来たぞ。ヒロシ、ここがお母さんとお父さんの故郷だ」
 その先頭に立ったトシの腕の中、幼子が「うはぁー」と声を上げた。シノブがその頭を優しく撫でる。その姿は、若い親とその子供そのもの。
 例えその子の産まれ方が、かつてと違うものであっても、だ。
「すまないね、材料の量産まで、もう少しなんだ」
 ツナギの服を着た仲間が、声をかける。道中で出会った、技術者だ。その他にも、医者や、農民もいる。そして数十人に上る、子を抱いた親たち。
 全て、トシとシノブの仲間たちだ。
「ほら、そのうちあそこまで連れて行ってやるからな」
 トシは我が子を天に掲げる。
「うはぁー」
 あの日と同じ下弦の月が、彼のゆりかごになった。

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