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A08 大都会の秘密基地

 都内に住む中学2年生3人組。同じ町内に住んでいて幼稚園の時からの幼なじみです。中学のクラスは別々ですが、3人とも同じサッカー部に所属していて、放課後や休日となると、いつも3人で遊んでいます。中学生でありながら、一番子供っぽいグループであり、小学生の頃から名乗っていたグループ名【フェニックス団】を未だに名乗っています。
 2007年9月8日、土曜日。
 部活終了後、メンバーの中で一番行動力がある長島知樹が、リーダーの青木翔太と団員の戸崎純に、
「昨日インターネットを見ていたら、隣町に広い公園が新しく出来たと言う情報を見つけた」と報告しました。
 長島は情報が掲載されたホームページを印刷した何枚かの紙を見せました。そこには建物の屋上を公園として整備し、都会にある貴重なスペースを有効活用している事が書かれている。その公園に言った人のコメント欄もあり、最近出来上がったばかりなので地元の人にも知られていない穴場だと言う事らしい。
「地図が書いてあるが、この学校から少し遠いけど、行って行けなくない距離だな」
「ホームページの一部分を見ただけだが、何となく良さそうな所だ。……よし、明日皆で遊びに行こう」と言い、早速その公園に行く事が決まりました。

 翌日の午後一時。フェニックス団一行は中学校の校門前に集合し、長島が見つけたと言う公園に向けて自転車をこぎ始めました。
 途中コンビニに立ち寄ってペットボトル飲料とお菓子を買って一休みしながら進む事30分、一行は公園に到着しました。そこは一般的な公園とは少し違っていました。何とここは平屋建ての大きな建物の屋上が公園になっているのでした。スーパーマーケットの屋上を駐車場にしている所は結構ありますが、屋上を公園としている所は3人も初めて見ました。
「まるで【天空の公園】だ……」
 アニメオタクの青木は、彼が生まれる前に封切られた古いアニメ映画を思い出しました。数年前にテレビで見た事がある作品なので今でも作品のあらすじは覚えているらしい。
 公園に続く緩やかなスロープを登り、綺麗な天然芝の緑が3人の目に入るや否や、
「凄く広い! 」と青木。
「綺麗だ! 」戸崎も感動していました。
「やはり噂通りだった! 」情報提供者の長島も、予想以上の規模と利用客の少なさに満足していました。
 3人は早速自転車を置き、芝生の中に入っていきました。
 青木が自宅から持ってきたサッカーボールを広い公園内で思いっきり蹴飛ばすと、他の2人は一目散に駆け出しました。日曜であるにもかかわらず知名度が低いのか利用客が少ないので、半分3人の貸切状態になっていました。学校の校庭や近所の公園では満足にサッカーのように思い切りボールを蹴る事が出来なかったので、ここは3人にとってまさにうってつけの場所でした。
 自転車で30分かけてここに来たのにもかかわらず3人とも元気でした。しかし疲れは隠せないみたいで、15分もしないうちにボールを追いかけるのを止めてしまいました。
「……疲れたから少し休もう……」
 青木は芝生の上に寝転がりました。長島もリーダーに追随して走るのを止めて芝生の上に座りました。
 しかしバツが悪いのはボールを追いかけていた戸崎でした。2人の行動に気づかず転がっていくボールを追いかけていくうちに、公園の隅のほうに行ってしまいました。
 するとボールは隅の塀に当り、跳ね返った弾みで、また違う方向に転がりました。そしてたまたま開いていた半開きの扉の中に入ってしまいました。扉の中は一階に下りる階段になっていました。
 戸崎は考えた末、なぜここに階段があるのか2つの仮説が浮かびました。まず一つは公園の利用者用のトイレが階段の下に設置しているのではないか。もう一つは階段の下に駐車場があり、自動車で来た人用の出入り口になっているのではないか。
 戸崎は何の躊躇いもなく階段を降りました。半開きになっている扉には【関係者以外立入禁止】と書かれていたのですが、そこまでは気が付いていませんでした。
 階段を下りた戸崎は、階段の踊り場でボールを拾いました。そこで階段を上がって2人の元に戻れば良かったのですが、好奇心が旺盛な中学生の戸崎は、更に降りた先は一体どうなっているのか興味が沸いてきました。更に長い階段を下り、降り切った先にある細い通路を進みました。
(きっとその先にトイレか駐車場がある筈だ)と思ったのでしょう。
 しかし彼の予想は見事に間違っていました。そこにはトイレも駐車場も無く、幅2mくらいの空間に何本もの鉄の管が張り巡らされていて、奥がかすんで見えるほどの細長い通路がまっすぐ伸びていていました。そして所々に今まで見た事の無いような大きな機械が轟音を立てて動いていました。
「ここは一体どこなのだろう? 」そう思いながらも戸崎は果てしなく続いている通路を進みました。
 300m位進むと今まで縦横無尽に張り巡らしていた鉄管や大きな音を立てて動いてる機械が消え、何も無い空間になっていました。さっき歩いていた通路と比べ、コンクリートの床や壁の色が新しく、最近新たに造られた場所なのだろうと思いました。戸崎は、ここは誰も知らない秘密の場所ではないかと考えました。
(それならいっその事……)
 戸崎は通路を引き返し、さっきの階段を上がると青木と長島を探しました。すると2人がペットボトル飲料を飲みながら芝に寝転がっているのを見つけました。青木は戸崎を見つけるなりこう話しました。
「さっきまで一体どこに行ってたんだい? 」長島もほっとした表情で話しました。
「急に居なくなったから心配していたんだよ」
「ごめんごめん、ボールを捜していたら凄い所を見つけちゃって……」
「凄い所? 」2人は不思議に思い、どんな場所なのか興味が沸いてきました。
「これから一緒にそこに行こう! 」青木と長島は快諾し、戸崎はさっきまでいた不思議な空間への道を案内しました。
 半開きの扉から階段を下り、狭い通路を抜けると、
「何これ! 変な所だな、それに騒々しいし」青木は摩訶不思議な空間に辺りをきょろきょろしていました。
「初めて見る風景だな。埼玉にもこんな地下街があるなんて」さすがに日本国内を家族で旅行している長島だけあって見聞が広い。
 3人は興味津々で通路を進むと、何も無い広い空間にたどり着きました。
「うわあ! 本当に何も無い! 」生まれて初めて見る不思議な空間に驚き感動した様子でした。
 突然リーダーの青木が、
「今からこの空間を【フェニックス団秘密基地】と命名する! 」
「賛成! 」
「異議なし! 」
 戸崎は壁に、ポケットに入っていた油性のサインペンで【フェニックス団秘密基地】と書き込みました。勿論人目につかないように隅のほうに小さく書いたのは云うまでもありません。
 一時間後、【秘密基地】に座り込みで3人が談笑していると、突然どこからか人の声がしてきました。
 9月の暑い盛りでありながら長袖の作業服を着て、頭にはヘルメットをかぶっている作業員のおじさんが近づいてきて、
「君たち、ここには危険な機械が沢山ある場所だから勝手に入って遊んではいけないよ! 」作業員は3人に注意しました。ヘルメットをかぶっていたので表情は良く分からなかったけれど、優しい口調で注意されたのでおそらく怖い人ではなさそうだと思いました。
 勝手に階段を下りて見知らぬ所に入り込んでしまったのがそもそもの発端なのであるから、こう言う場合は悪い事を認めて素直に謝った方が良いと戸崎は考え、
「すみません、ボールを捜しているうちにここに入ってしまって……ごめんなさい」
 戸崎が謝っているのを見て、他の二人も少し遅れて頭を垂れて謝りました。作業員は反省して謝っている3人を叱りはしませんでした。
「どうやら開いているドアから入ったみたいだね。普段はここで働いている作業員以外の人が入らないように鍵を閉めているのですが、今日は午後から見学会が行われるので見学者の出入り口として開けておいたのです」
「見学会? ここで何か行われるのですか? 」
「あれ、君たちはここがどういった場所なのか知らないでここに入ったですか? 」
「そうでーす! 」3人は一斉に元気良く手を挙げました。
 作業員は得意げになって3人の中学生に説明しました。
「この施設は下水道の処理場です。明日9月10日が下水道の日という事で今日と明日は一般の方に施設内を無料公開しています」
 綺麗な公園の下に下水処理場があるとは3人とも夢にも思っていませんでした。3人は小学4年の時に社会科見学で下水処理場に行った事がありますが、建物自体が古いせいもあって暗くて臭くて汚いと言うイメージしか残っていませんでした。しかしここは下水の臭いはあまりしませんし屋上の公園も含め開放的で明るい感じがしました。
「君たちは中学生なので多分知っているかもしれないけど、下水道について簡単に説明しましょう」
 3人は特に嫌な顔はしなかったので作業員は話を続けました。
「君たちの家や学校などにあるトイレや風呂などから流された汚れた水が、道路の下に埋まっている下水管を通って下水処理場に集まってきます。そして汚れた水を、微生物の働きなどによって汚れを分離沈殿させて、綺麗になった上澄み水は消毒して川や海に流しています」
「そうだったんだ」長島は納得したみたいでした。
「上が公園だったから全然分からなかった」戸崎は口々につぶやいていました。
「下水道があるから僕たちは水洗トイレが使えるし、下水道のおかげで川や海が汚れなくなったんだね」青木はリーダーぶってまるで本に書いているような感想を述べていました。
「君たちがいる場所は【管廊】と言って、下水や空気が流れている配管や、下水処理に必要な機械やそれらを動かしている電線等が設置しています。そして機械などを維持管理しやすいように作業員が通る為の通路としても使われています。ちなみに今君たちがいるのは将来下水の量が増えた時に対応できるように備えているスペースです。ここもいつかは工事が行われ配管や機械が置かれるんだ。だからといって関係ない人がここに来て遊んではいけないよ」
 作業員はそう教えてくれた。子供相手でも分り易く説明する事が出来る本当に優しい人でした。
 屋上の公園に上がる出口に一緒に連れて行ってもらうと、
「良かったら下水道教室が開かれているけど一緒に参加してみない? 下水処理場見学ツアーや水質実験や下水道ビデオ上映などもあり楽しいよ」との問いかけに3人は、
「せっかくの誘いですが、これから家に帰らないといけないから遠慮します」と答えました。すると作業員は少し残念そうな顔をしながらも、下水道に関する小さいパンフレットを3人に渡しました。
「ありがとう」と答えると下水処理場の屋上に作られた公園を後にしました。
 自転車に乗ってスロープを降り、道路に出ようとした時に下水処理場の中を見学中の人が職員と一緒に楽しそうに歩いているのを目にしました。さっき管廊内で会った作業員の言った通りでした。
「……何となく楽しそうだな」
「どうする? 見学だけでも参加してみる? 」
「僕は構わないけど」
「俺も6時までに家に帰れれば大丈夫だから」
「ならばダメモトで参加をお願いしてこよう」
 フェニックス団を代表して、青木が見学ツアーの列に割り込み、
「僕たちも下水処理場を見学したいのですが……」と頼むと職員はにっこりと微笑みました。
 こうして3人も見学ツアーに途中から参加する事になりました。
「当施設は広大な敷地の有効利用と、悪臭対策と環境美化の目的で下水処理施設を屋根で覆いその上を公園にしています……」
 案内をする職員が説明すると参加者は納得したり驚いたりしていました。
「さっきまで遊んでいた所だね」長島は自慢げに話していました。
 見学ツアーの一行は広い公園の下にある下水処理施設の中を案内されました。最初はうっすらと下水の匂いが漂っているのにやや辟易していましたが、微生物によって下水を綺麗にするエアレーションタンクの大きさに驚いたり、最終沈殿池から流れる水の透明さに感激したり、と普段では見る事のできない下水道の大切さを知った3人でした。
 途中から参加した3人の為に、下水を汲み揚げる斜流ポンプやエアレーションタンク内に空気を送り込む送風機、そして処理場内の機械設備を集中管理をする中央監視室をもう一度見学してくれると言うサービスもあり、とても充実した見学ツアーでした。

「結構楽しかったね。あのコンピューターがたくさん置いている部屋なんかカッコよかった! 」
「下水処理場の中にある池も、大きなポンプも見学できたし良かった」
「また今度行ってみたいね」
 こう話しながら夕焼けに染まる町並みを背に3人の自転車は自分たちのある町に向かって進みました。

 10年後。戸崎は都内にある管工事業の会社に勤めている。機械設備や配管等の敷設工事を主に手がけている会社で、少人数の社員ながらも毎年いくつかの工場から定期的に工事受注が来ているので経営は安定していました。
 この度戸崎の会社は下水処理場の増設工事に伴う下水配管敷設の仕事を請け負う事になりました。何とその現場は屋上が公園になっている下水処理場でした。
(10年前友達と行った所だ! 懐かしいな。あの時の仲間は高校入学と同時にばらばらになってしまったから……)そう思いながら同僚と共に部材や工具を地下に運び込みました。
そして配管を敷設する為床にドリルで穴を開けようとした時、ふと壁に目を遣ると、そこには【フェニックス団秘密基地】と書かれた小さい文字。
(ああ、まさしくこれは10年前俺が書いた文字。また会えたね)
 まるで昔の友に再会したような懐かしい気持ちと、下水処理場にどこか不思議な縁があるなと言う気持ちで一杯でした。
 戸崎は小声で、「フェニックス団よ永遠に……」とつぶやきました。そして(青木と長島は今頃どうしているかな? )と思いました。

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