作品・作者一覧へ

A02 □□■□□   □□□■□

■□   ■■■

 わたしの名前はアス。“一人”と“一人ぼっち”の違いのわかる13歳。惑星暦じゃなくって、ちゃんと標準暦で13歳。もう大人だと思いたいんだけど、プレ。一生、プレだったらどうしようと不安になっている染色体的には女性個体です。
 身分はニンゲン。立場というほうが正しいかも。いや、正しい気がしてきた。センセイが『物事は常に正しく書き記すように』って言うから、正しいか正しくないか、気になる。どっちだろう?
 センセイはニンゲンじゃないから、ニンゲンについて質問すると話が長くなる。とても難しく、複雑だから一言でまとめられないとも言っていました。わたしがいつも「一言でいうと?」ってきいちゃうからダメなのかもしれない。
 わたしの住んでいる星は標準的です。四季に恵まれ、温暖な気候で、美しくも優しい山野があり、穏やかな海に囲まれ、宇宙に煌く宝石のように素晴らしい星です。
 これのどこが“標準”なのか、理解に苦しみます。宇宙にはもっと過酷な環境の星のほうが多く――そう、天然の星は、恒星はもちろんのこと衛星、惑星はニンゲンの住める環境じゃないそうです。その星々と比較したらマシだけど。
 センセイたちがいうように『神様がお創りになられた一粒のオアシス』というものが“標準”のラインにあるのが、わたしは変だと思う。
 天然だったらスゴいけど、人工でニンゲンのための星なら“標準”なんだそうです。やっぱり変。
 わたしの住んでいる星の名前は【ホーム】と言います。
 センセイや大きいほうのセンセイは、名前をつけるなんておかしな趣味だというけれど、ニンゲンの特権を活かさないとツマラナイ。センセイもセンセイって呼ばれるのが嫌なんだそうです。ここ5年であきらめてくれたようだけど。うん、一生、あきらめていてくれてればいいと思う。
 【ホーム】は辞書で調べたんだけど“家”という意味です。大昔、化石になるちょっと前、それぐらい昔の言葉で、ピッタリだと思ったからつけました。その日からこの星は【ホーム】と呼ばれています。
 【ホーム】の住人はわたしだけ。ニンゲンは一人って決まってるんだから、当たり前だけど。
 住人が一人。わたしだけ。
 たまに嫌だと思うこともあるけれど、それがルールだから仕方がありません。わたしがプレじゃなくなって、繁殖可能個体である大人になれば、ニンゲンがたくさんいる星に行けるそうです。その日が来るまで健康的な生活をするのが、わたしの仕事。だそうです。
 ごくたまに一生プレの人もいるそうです。その場合は育った星から出ることはできないんだそうです。それでもいいかな、とわたしは思ったりします。
 たくさんのニンゲンを見たい気もしますが、今の生活も気に入っています。
 たしかに住人は一人だけど、大きいほうのセンセイもセンセイもいるし、ラーアやビンガやリスンや……たくさんの気の合う“友達”もいます。うん、ラーアやビンガ、リスンは友達。センセイは怒るかもしれないけど、会ったこともないニンゲンの人たちよりも、ずっと友達だと思う。『誤った認識』じゃなくって友達です。
 わたしはニンゲンで、センセイも含めてラーアたちは道具《コンピューター》だけど。ニンゲン特有の情とプログラミングされたモノは違うけど、そこに親愛を感じるのはニンゲンだから許されると思います。
 だから、友達です。
 センセイはニンゲンとは違う形しています。大きなほうのセンセイは動けません。【ホーム】の中心にそびえたっている? といえばいいのかな。とにかく大きな円柱が大きなほうのセンセイです。わたしが10人ぐらいいれば大きなほうのセンセイを囲むことができるかもしれません。つるつるぴかぴかのボディで、たまにピカッと光ります。『ファジーな感情表現』だそうです。喜怒哀楽というものを色や光量で教えてくれるのです。あくまでニンゲンのわたし用だから、わたしのいないときは光ったりはしないそうです。
 センセイは立方体です。大きさはわたしよりも大きいです。大人の男性個体の平均全長と同じサイズになっているそうです。一枚岩……モノリスと呼ぶデザインをしています。大きなほうのセンセイのようにつるつるとしているけど、ぴかぴかはしていません。だから、わたしの顔が鏡みたいに映ったりはしません。センセイは大きなセンセイよりも『ユーザーフレンドリーを追求した形式』らしいので、言語、光での感情表現以外にも優れた場所がたくさんあるそうです。正直な感想は『ユーザーフレンドリー』なら、もっと外見をニンゲンに近くしたほうが良かったんじゃないかと思います。センセイを見ただけでは親しみが湧きません。
 センセイがモノリスなのは、わたし(ニンゲン)がセンセイの仲間だと『誤った認識』をしないための処置だそうです。ニンゲンはニンゲンで、道具《コンピューター》ではないから、だそうです。その『誤った認識』というものを増長させないようにという配慮と教育的観念から、大きなほうのセンセイとセンセイには名前をつけることはしてはいけないんだそうです。
 ニンゲン的な情の正常な発育のために、天気予報機械にラーア、自動演奏機にビンガ、応急医療機械にリスンと名前をつけることは許されました。ラーアはピンク色の大きな鳥で、ビンガは薄紫色の翅を持つ魚で、リスンは若草色のリスの形をしています。ラーアたちはニンゲンと会話できるから、ホンモノとは違うデザインと色をしているそうです。“人工物”だと一目でわかるようになっているのです。
 今日は一日中、晴れだとラーアが教えてくれました。ラーアは天気予報機械です。天気決定機械でも良いと思うのです。ラーアが晴れと予報しても、予報なので雨が降ったりするのです。理不尽です。その時間、その地域で雨を降らすと、大きいほうのセンセイは決定しているはずなのに、数%の誤回答をラーアに言わせるのです。理解に苦しみます。センセイはニンゲンらしい情を持たせるための配慮だとい……とにかく、今日出かけるエリアは晴れです。心の中の予定表どおり出かけようと思います。今日の分の課題は昨日の夜のうちに終わらせてあり、センセイが知ったら課題の意味と勉強の反復とニンゲンの脳のつくりの説明をされそうなのでナイショですが、十分な自由時間があります。
 目指すは大きなセンセイの間逆。この星のおしまい場所です。

■□

 わたしは、計算されているんだけどそうは見えない森のような林の中の道を歩いていきました。居住区に隣接しているエリアです。
 この星には厳密な“森”は存在していないと、センセイが言っていました。この星が人工星だからだそうです。人の手が入ったものは“森”にはなれないんだそうです。ニンゲンじゃなくても道具《コンピューター》が使われた時点で、人工扱いになるそうなのです。道具《コンピューター》はニンゲンが作った……造ったからです。
 自然でないことは不自然なんだそうです。
 センセイは難しいことを言います。わたしが大人になるころには理解できるようになるのでしょうか。
「ねー、アス。どこへ行くの?」
 わたしの手よりも大きな魚。トンボのような翅のあるビンガが泳いできました。空中をするするって、自慢のヒレをふりふりしながら。
「おしまいに行こうと思っているの」
「えー! マァムに怒られるよ」
 ビンガが小さな口をばくぱくさせて言う。ビンガのいう“マァム”は大きいほうのセンセイのこと。センセイ以外の道具《コンピューター》たちは、大きいほうのセンセイをマァムとか、ママとか、マザーとか呼びます。古い言葉で“お母さん”って意味。わたしはニンゲンだから、絶対に使ってはいけない言葉です。わたしにはわたしの遺伝子とアスという名前をくれたお母さんがいたからです。
 わたしがマァムと呼ぶべき女性個体はここではないどこかで、いわゆるお父さんと出会い、わたしを作ったのです。卵だったわたしはこの星で育ち“一人ぼっち”の意味がわかるほど大きくなりました。だから……。
「じゃあビンガはここにいればいいよ」
「アスが怒られちゃう」
 ビンガはヒレを上下にひらひらと動かしました。
「大きなセンセイに怒られるのは平気。ニンゲンだもん」
 わたしは歩き出す。小さな星だし、ショートカットもたくさんあるから、おしまいといってもすぐそこです。【ホーム】はとても小さいのです。世界1周するのも夢ではありません。たぶんあっけないぐらい簡単にできちゃうと思います。
 実は、ほんの数日前にわたしの特権が増えたんです。まだ大人ではありませんが、いつ大人になってもおかしくないプレだからだそうです。センセイたちの基準はわたしにはわからないことが多いです。
 そんなわけで、わたしは魔法の鍵を手に入れました。おかげで開かない扉に出会うことがなくなりました。冷蔵庫のドアも、図書室の奥にある閉架図書室の入り口も、大きいほうのセンセイの中に入る扉も開くのです。
「んー、でもぉ」
 ビンガはなおも言います。ビンガはとても心配性なのです。
「おしまいは、おしまいだから何もないよ。
 アスはツマラナイって思うよ。
 それで怒られちゃうのイヤでしょう?」
「おしまいに何もないか、確認したいの」
「しかたがないなぁ」
 ビンガはヒレを体の前で交差して、まるで腕組みみたいにしてから、上下に揺れました。ニンゲンだったら、うなずいているように見えたかもしれません。
「ちょっとだけだよ」
 そう言いながらビンガはわたしの左肩の近くを定位置にしたようです。歩くのに合わせて、ついてきます。やっぱりビンガは友達です。
 わたしは林の中を道を歩いていきます。1週間に3回ぐらいしている散歩コースですから迷子になるような要素もありません。枝分かれした道の先、普段は足を向けない場所に、使い道がわかないほど大きな扉がありす。センセイだって2、3人は軽々と通れるほどのサイズの扉です。いつでもだんまりを決めていて、開いてくれなかった扉に魔法の鍵を差しこみました。
 鍵はトランプのカードに似ています。ハートやスペードのマークがついていれば完璧だったでしょう。センセイのようにぴかぴかとは光っていません。
 扉はするすると開きました。重々しい音や機械が起動するときの音などといった音がなく、わたしは拍子抜けしてしまいした。
 しかも、扉の先には散歩道とは違った素材の道が続いています。まだ先があるのです。
「ひゃあー。マァムの外側みたいな道だね。歩きたくないよね。歩けなくって良かったぁ」
 ビンガが正直な感想を言いました。わたしも同意見でした。ビンガは歩かなくても移動できますが、わたしは歩かなければ移動できません。ここが違っていました。意を決してわたしは踏み出しました。
 途端に扉がしまりました。こういった場合、ありがちですが振り返っても遅いのです。
「しまっちゃったね。開くかなぁ? 開くよねぇー」
「大丈夫、いざとなったら大きいほうのセンセイが助けてくれるから。
 わたしはニンゲンだから」
「うん、アスはニンゲンだもんね」
 ビンガは楽しそうに言いました。
 通路と呼んでもいいような場所はしばらく続くようです。外とも室内とも違う明かり。そう月明かりに世界中の花の色を順番に乗せていっているような感じの明かりが、視力の届くかぎり照らしていました。ニンゲンらしく幻想的と喜ぶところなのでしょうか。それともドキドキと冒険に期待するところなのでしょうか。あるいは恐怖を感じるシーンなのかもしれません。めずらしくセンセイがいないことに困りました。
「あのね。前からきこうと思っていたの」
 左肩の近くでビンガが言いました。さっきまでと変わらない緊張感のない口調です。
「ビンガはカリョウビンガなんでしょ?」
 映像図鑑で見たカリョウビンガと異なる形をした道具《コンピューター》が言いました。わたしはギクリとしました。カリョウビンガは空想上の生き物だから「人の数だけある解釈」を利用してもいいよね、と気軽につけた名前です。だれも見たことがないのだから、わたしの知っているビンガがカリョウビンガでもよいと思っていました。
 でも、そこを突っ込まれるのはゴメンです。
「アスはどうしてアスなの?」
 ビンガは想像していない質問をしてきました。
 わたしはどうしてわたしなのか。
 こういうことは哲学的というのでしょうか。
 わたしがだまって考えている間にも床が明滅します。たまにパッと色が変わって、またしばらく色が落ちて、何度もくりかえします。順番でも決まっているんでしょうか。どことなく規則があるような気がしました。
「だれがアスにアスって決めたの? 自分でつけたの?」
「名前はお母さんが決めたんだって」
「お母さんってマァム?」
「それはビンガの……お母さん。
 ニンゲンにはニンゲンのお母さんがいるんだよ」
「そうなんだ。
 アスにはどんな意味があるの?」
 ビンガの質問にわたしは答えられません。お母さんは何を思ってわたしに“アス”という名前をつけたのか、わからないからです。
 わたしがききたいことです。どんな願いがあって名づけられたのか。質問してもだれも答えてくれないとわかっています。センセイは答えてくれませんでした。
「アスもビンガみたいに略? されているのかな?」
 ビンガが言いました。
 それきりビンガはおしゃべりをやめました。かわりに歌いだしました。大きいほうのセンセイといるときのように、光の変化に合わせて歌います。それは歌というよりも、もっと記号的なもののように感じました。きっとここの光が同じようなリズムで光って消えて、色が変わるから、そう思うんだと思います。
 道の終点は扉。入るときのように大きな扉がありました。わたしは迷わずに魔法の鍵を使いました。
 扉は開きませんでした。
『ようこそ、ロードを作るロードへ。
 わたしたちのロード』
 かわりに声が天井から降ってきました。肩のそばでただよっていたビンガは小さく悲鳴を上げました。
 声はセンセイとは違う声をしていました。もちろんわたしの声とは全然、違います。ニンゲンが誤った認識を持たないように調整された道具《コンピューター》独特の声です。今まで聞いたことのない声でした。
「ロード?」
 知らない言葉だったので尋ねました。きっと【ホーム】と同じように古い言葉でしょう。ビンガとは違った音の並び方です。
『あなたにより、わたしもまたロードされるのです』
 声は言った言葉の意味がわかりません。まるで謎かけです。クイズのほうがマシです。なぜなら、クイズには決まった答えがあるからです。
「この扉は開かないの?」
 わたしは質問を変えました。
『時至るまで開きません。この扉はこちら側からは開かないのです』
「開かないんだ」
 わたしはがっかりしました。ここまで歩いてきた意味がわかりません。おしまいには、こちら側からは開かない大きな扉があるだけ。この先にはいけないのです。
 それを教えるために、センセイは魔法の鍵をくれたのかもしれません。何事も実体験というセンセイだったら、ありえなくもないことです。うまいことハメられたのかもしれません。
「残念だね、アス」
 ビンガがなぐさめてくれました。
「いつ、開くの?」
 わたしが大人になったら開くのだと思います。ニンゲンのたくさんいる星にいくための扉なんだとわかりました。そうでなければ、この物々しいというのでしょうか、無駄に大きく、頑丈そうな扉が存在している意味がわかりません。わたしが巣立つ日にいくつかの道具《コンピューター》がこの扉をくぐるんだと思います。大きいほうのセンセイはムリかもしれませんが、センセイは余裕で通れます。
『明日が来れば開きます』
 天井からの声が神々しく言いました。
「わたしもアスだけど?」
 ついつい言ってしまいました。センセイがこの場にいたら、お説教をされていたと思います。へらず口だからです。
『あなたはまだ小さい。揺りかごが必要です』
 声が言いました。わたしの予想はどうやら予測レベルにはなったようです。
 大人になったらここに立つのでしょう。そして知らないけれど、故郷と呼ばれる星に行くのでしょう。この【ホーム】を離れて。
「また来ます」
 わたしはペコリっとおじぎをしました。
『お待ちしています』

□□■□□   □□□■□

 わたしの名前はアス。【ホーム】に一人ぼっちの13歳。厳しいセンセイと気の合う友達に囲まれて、それほど不幸じゃない人生を送っています。


 ねえ、わたしの声。届いていますか?

A02 □□■□□   □□□■□
作品・作者一覧へ

inserted by FC2 system