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G03 feel×color×disteny
彼女の周りはピンク色に満ちている。ふんわりとした恋をしているらしい。
彼の周りにはどんよりした濁った色。何か落ち込むようなことがあったのだろうか。
私にはオーラのようなものが見えるらしい。『ようなもの』というのは、それがオーラとはまた違ったものだから。その人の感情のようなものが、たぶん私のイメージする色となって見えるだけで。だから相手の機嫌が良いのか悪いのか、喜んでいるのか落ち込んでいるのかくらいなら想像に容易い。
色はごく薄く、その人に意識すると見える以上に心の中に色のイメージが直接入り込んでくる。
この能力と呼べるか怪しいものを誰かに話したことはない。相手にどう思われるかが怖い。
私は相手に嫌われることが、怒らせてしまうことが怖い。だからこそ、この能力のようなものは大変ありがたいのだ。これによって、相手の機嫌を損ねないように行動することは容易い。時おり、小さな間違いを引き起こして相手を怒らせてしまうことはあるのだけれど。
そんな日にはどこまでも落ち込んでしまって、心の中で延々と一人反省会を開くことになる。何が悪かったのか、どこがいけなかったのか。いつまでも繰り返す。
ある日の帰宅途中。視界に入るいろんな色を何とはなく視界に入れて歩いていた。
その人が視界に入ったのは本当に偶然だった。大きな交差点を信号待ちで立ち止まって、ふと右の方へと視線を動かしたときだった。ニ、三人を間に挟んだ向こうに彼がいた。
彼には色がなかった。たまに『透明』な色をまとった人は見るけれど、彼には『色がなかった』。無色でも透明でもない。何色をもまとってはいなかった。
その初めての現象に内心、私はおおいに戸惑った。頭の中は混乱していた。そして彼から目が離せなくなった。
信号が変わり青になると周りの人々が動き出す気配がして、私も彼から視界を外して交差点の中へと歩き出した。視線をそらすその瞬間、私の視線に気付いたのだろか、彼が私を見るのが視界の端に映った。一瞬の出来事だった。あっと思ったときには既に私の足は前に向かって踏み出して、顔だって進行方向を向いていた。
再び会うことはないだろうし、まぁいいかとすぐに思いいたると、あとは自宅へと足を進めるだけだった。
「待って」
横断歩道を渡り終えてしばらく歩いたときだった。すぐに裏道へと入った私の周りに人影はまばら。聞きなれない男性の声に、軽くつかまれた腕。一瞬にして足元から頭のてっぺんまで恐怖が駆け上がった。
「そんなに驚かないで。――僕の運命の人」
違う何かがぞわぞわっと駆け上がった。『運命の人』？ この人は何を言っているんだろう。
そこでようやく後ろを振り返って、私の腕をつかむその人を見た。
「さっきの……」
「交差点で見てたでしょ？ 僕のコト」
にっこりというよりはほの暗く微笑んだ彼は、『色がなかった』人だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あの二人は、そのうち別れるだろう。
あの男、どう見てもナンパしてる。でもきっとうまくいく。だって相手はソイツの運命の相手だから。
僕には、いわゆる『運命の赤い糸』のようなものが見えるらしい。『ようなもの』というのは、それが赤い糸ばかりではないからだ。うっすらと細く細く街中を這うように無数の糸が見える。時には赤い色以外もある。だから『ようなもの』。どうやら青い糸は『なぜか性格が合わない』者同士を繋いでいるらしい。一方で黄色い糸が結ぶのは『親友』だと、今までの経験から何となく理解してはいる。
時には何の糸も持たない人がいる。きっと誰とも繋がっていないんだろう。
この能力と呼べるか怪しいものを誰かに話したことはない。「運命の相手を知りたい」とか言われたら面倒だからだ。
僕の手からはいくつかの糸が出ている。糸の繋がらない相手には最低限の礼儀を尽くすだけにしている。これから先の人生において、なんらかの重要な関わりは出てこないとわかっているからだ。
僕の手からは赤い糸も出ている。けれども、その糸の先の人にはまだ出会っていない。どんな人なのか、密かに興味があるのだけれど、いまだ見つからない。
ある日の営業先からの帰社途中。いつものように無数の糸を視界の端にとらえながら、大きな交差点で信号待ちのために立ち止まっていた。
そんな時に感じた視線。左の方から感じる視線に、視界をそちらへと動かせば、一人の女性の姿が目に入った。一瞬、彼女と目が合ったけれど、そのまま彼女は前を向き、青になった信号に促されるように歩きだしてしまった。
その姿に何か感じるものがあった。彼女を追いかけるように人波をかきわけて進むと、彼女の手から伸びる赤い糸に気がついた。注意してみれば、その糸は僕の手に繋がっていた。
――運命の人を見つけた。
僕は思った。
彼女を追いかけなくては。彼女を捕まえなくては。
人波に消えそうになる彼女を追いかけた。彼女が裏道に入れば急に人影がまばらになった。
――今しかない。
「待って」
彼女の近くまで寄ると手を伸ばし、彼女の腕をつかんで引き止めた。ほっそりとした柔らかな腕だった。そのつかんだ腕から、彼女が緊張か驚きか、固まってしまったことが伝わってきた。
「そんなに驚かないで。――僕の運命の人」
そっとささやくように言葉を落とすと、ようやく彼女は僕を振り返ってくれた。
「さっきの……」
彼女の口からこぼれ落ちた言葉は、不審げな響きを含みながらも、僕の耳には甘く響いた。これが運命の人ってヤツなのか……。
「交差点で見てたでしょ？ 僕のコト」
ようやく見つけた運命の人を逃すまいと、僕は微笑んだ。うまく笑えた自信は、あまりない。
これでも僕だって緊張していたんだから。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
私は今、なぜか彼と共にいる。『運命の人』とかワケわかんないこと言う人だったけれど、『色をまとっていない』彼に興味が湧いたのも事実だ。会社に一度戻らなければならないと嘆く彼に懇願されて、彼の会社の近くのファーストフードで二十分ほどの時間を潰して彼を待った。
そうして退社した彼に連れられて、わけもわからないまま連れてこられたのが、よくあるチェーン店の居酒屋だった。半個室の席を選んだ彼に促されて、しっかりアルコールとおつまみなどを頼む。
すぐに出されたビールを、彼に何も言わずにぐいっとあおった。
――ナニ、コイツ。ナニ、コイツ。
腹立たしいったらありゃしない。目の前に座る彼を気にも留めず、一杯目を飲み干すまで、ひたすらジョッキを傾け続けた。
「で？」
ジョッキ一杯を飲み干してようやく少しだけ落ち着いた私は、ジョッキを勢いよくテーブルに置くと同時に、目の前の彼に声をかけた。
「うん」
返事にならない返事を寄越しやがった。
「あんた、頭おかしいんじゃない？」
私の言葉に、彼は少しだけ考え込むそぶりを見せてから口を開いた。
「そうだろうか？ 僕の頭がおかしいんだろうか？ 君は信じられないかもしれないけれど、僕には運命の糸ってヤツが見えるんだ。運命の糸は、それが糸の色によって愛情だったり友情だったりするのだけれどね。また同時に、糸のない者同士もいる。そういう方が圧倒的に多いけれど」
なぜ彼が突然そのようなことを言い出したのかはわからない。けれど、その短い言葉の中に私との共通点を見出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
今まで誰にも話したことのなかったソレを彼女に話したのは、彼女が僕の『運命の人』だったからだ。不思議には思えど、拒絶はされないだろうと思ったからだ。
けれど、彼女の言葉は僕をビックリさせるのには十分だった。
「私は、人の色が見えるの。オーラと似たようなものだと思うわ。色によって、その人が今どんな感情でいるか、察することができる。それの色は全ての人にあるの。……私自身と、あなたを除いては。なぜ、あなたに色がないのかわからないの。こんなこと、初めてだから」
彼女も普通の人には見えないようなものが見えるらしい。
「運命だ」
僕は呟き、彼女に微笑みかけた。
「これを運命と言わずして、何と言う？ 僕には色のついた糸が見える。君には、その人の感情の色が見える。色が僕と君を繋いでいる。運命だと思わない？」
これは運命なのだ。だって、彼女と僕は『運命の人』同士なのだから。
「名前、教えてよ」
何杯もジョッキをあけて、したたかに酔いも回ってから気付く。
僕は彼女の名前を、いまだ知らない。
「名前？ そういえば、お互いの名前も知らないのね、私たち。なのにこうして一緒に楽しく飲んで……。なんだか変ね」
アルコールに染まった頬を緩ませて、彼女は小さく笑う。だいぶ酔いが回っているらしい。
「僕の名前はね、青井 海（うみ）だよ。君は？」
「なんだか青色の名前をしてるのね」
そう言って、彼女はまた小さく笑う。
「私はね、茜（あかね）。緋村（ひむら）茜」
私の名前は赤いわね、とまたも彼女は笑う。そのへにゃりとした笑い方に、妙に胸の奥がくすぐられるような気がした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
なんだかよくわからないうちに、連絡先の交換までしていた私たち。
彼――海君は、私の一歳年下。私の勤め先の一駅隣にある会社で営業をしているんだとか。あの日も、営業先からの帰りだったらしい。
海君と楽しく飲んで、楽しかったせいなのかいつもより飲んでしまって最後のほうはあまり記憶がない。
とにかく、交換したメールアドレスには青君から毎日メールが届く。私もそれに返信をする。
会うのは週に二回くらい。勤務先の駅は一駅隣という近さだけれど、時間帯がほぼ合わないからだ。
海君と会ってから、私の周りで小さいけれど大きな変化が起きていた。
人のまとう『色』が徐々に徐々に薄くなりだしたのだ。あれから一ヶ月経った今では、もうほとんど見ることはできない。
相手の感情が見えないというのは私にとってはひどく恐ろしいことでもあった。けれどその気持ちを海君は受け止めてくれた。今は少しずつその恐怖と戦っているところだ。
どうして『色』が見えなくなったのか、海君の『色』が見えなかったのか。
海君は、海君が特別だから『色』が見えなかったんだろうと言っていた。確かに、『見える』ことが普通になっていた私にとって、『見えない』海君は、ある意味とても特別だった。
「やっぱり運命なんだよ」
そう海君は微笑んだことがあった。そうかも知れないと、私も思い始めている。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
茜と出会ってから、そろそろ一ヶ月。茜のほうが一歳年上なのに、僕より年下に感じることがある。
茜は、僕の会社がある駅の隣駅の近くにある会社に勤めているらしい。事務職で比較的規則正しい勤務をしている茜と、営業で駆け回っている僕では、いくら会社が近くてもなかなか会う機会がない。
なんとか時間を合わせ、週に二回は顔を合わせるようにしている。だって僕たちはまだ知り合ったばかり。お互いのことをもっとよく知る必要があるのだから。
茜は最近『色』が見えなくなってきていると言っていた。
実はまだ茜には言っていないのだけれど、僕も最近『糸』が見えにくくなっている。茜と同じだ。
僕はこの一ヶ月考えていた。
茜の『色』も、僕の『糸』も。僕たちが出会うために与えられた力のようなものだったんじゃないかって。
まさに、運命。
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