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F01  狭間

「やあ。お嬢さん。何かお困りごとでも?
 ここは朝と夜の間。昼と夜の間。時の“狭間”。終わらない永遠の楽園。
 手に入らないものは何一つないバザール。
 どうしてここにいるのかわからない?
 “狭間”に初めて来たようだね。
 私も樹影国(きえいこく)紳士、困った女性を助けるのはたしなみ。
 樹影国を知らない?
 それはずいぶんと離れたところからやってきたようだね。
 場所を変えよう。
 立ち話もいいが、私が紅茶を飲みたい気分でね。
 付き合ってくれると光栄なんだが、すぐ近くだよ。リーフから淹れてくれる喫茶店は珍しいし、茶葉も豊富なんだよ。気に入ってくれるといいんだがね。
 ほら、ついた。
 近かっただろう?
 席は奥がいいかな。窓際で道行く人を眺めるのも楽しいが、今日はゆっくりと話したい気分だからね。
 メニュー表は読めるかな?
 価格がわからない?
 ここではお金は支払わないんだよ。代わりにほらこれを使うんだ。ただのビー玉じゃないよ。夢のカケラと言ったほうがわかりやすいかな。
 夜見て朝になったら忘れている夢も、将来の夢も。夢と名のつくものの塊だ。同じものは二つとない。お嬢さんのポーチの中にも入っているはずだよ。
 あ、注文を。私にはダージリンのセカンドフラッシュ。お嬢さんにはタラジャンのミルクティー。それとナッツクッキーを一皿。
 支払いは心配しなくてもいい。
 私も樹影国紳士の一人。女性にお茶代を支払わせたとなると恥だ。
 君は私の話に付き合ってくれている。充分な対価だよ。瑞々しい女性と好きなお茶を共にするのは日常を束の間忘れさせてくれる。
 さあ、おまちかねだ。冷めてしまう前に飲んでしまおう。
 この店は良心的でカップ3杯半入ってくるんだ。タラジャンは現地の言葉で星の川という意味でミルクティーにすると、こくのある風味豊かなミルクティーになるんだよ。ストレートで飲むより、お勧めだ。
 クッキーも美味しい。私は特にナッツの入っているクッキーに目がなくてね。この店のは、さっくりと焼きあがっていて美味しい。
 お嬢さん、お名前は?
 私はジェームズ・ヒギンズ。ありきたりな名前だろう?
 花菜(かな)! ……いい名前だ。
 名前は生まれて初めてもらうギフトの一つだ。ご両親は良く考えて名前を付けてくれたのだろう。それが伝わってくる名前だ。
 ここに来る前の記憶はあるかね。大丈夫。慌てなくてもいい。
 この世界は“狭間”だ。抜け出す頃にはここは夢になって全てを思い出す。
 さあ、おかわりを。カップが空っぽだ。
 時に花菜嬢、二つの椅子には座れないという言葉をご存知かな?
 座ろうとすれば二つの椅子の間で尻餅をつく。と続くのだがね。
 一つの選択しか人間はできないという教訓だ。欲張りはいけない、とね。
 私の見たところ花菜嬢は何か悩んで、この“狭間”に滑り落ちてきたのだろう。
 道を見つけるために、決死のダイブだったのかもしれない。
 私はしがない道案内人。これでも“狭間”暦は長い。花菜嬢が探しているものを見つけて見せようじゃないか。
 花菜嬢の夢のカケラを見せてもらってもいいかな? ヒントになるかもしれない。
 女性らしい実に柔らかな色合いだ。コレクションの一つに加えてくなるぐらいだね。
 何か思い出したかい?
 『悩んでいた』ことを思い出したと。
 二つの道があってどちらにしようか悩んでいた、と。
 年長者のお節介だが、そういう場合はどちらの道を選んでも結果は変わらないことがしばしばだ。最終的な目標が見えているなら、どんな道を通ってもその目標にたどりつけるからね。
 大切なのは目標だ。
 これだけ綺麗な夢のカケラを持つ君だ。どれだけ時間がかかろうとも、将来の夢は叶うだろう。
 さあ、今は休息の時間。お茶を楽しもう。冷めてしまったら、マスターに悪い。
 眠くなってきた?
 いい傾向だ。
 目覚めの時間が近い証拠だ。
 夜と朝の間、眠りから醒めて自分の足で歩く準備ができたということだよ。
 素敵なお嬢さんだったから、もう少し話していたかったけれど、こればかりは仕方がないね。
 また悩みごとができたら、この私ジェームズ・ヒギンズを呼んでくれると嬉しい。
 次は市場を見て回ろう。
 では、グッド・モーニング。
 良い朝を」


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