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D11  My colors

 あたしはダメ子なんだ、って思いこんでた。
 ちがうんだ、って気付けたのは、翔のおかげだよ。
 ありがとう、翔。

二年前、あたしは翔と結婚する予定だった。

「挙式だけのために、親戚をハワイに呼ぶのか?」
 翔の部屋。机の上に散らばる、いろんなブライダル関係のパンフ。イラっとした翔の声が怖い。お、怒らせちゃったかな。うるんだ目、なんて作るつもりないのに、勝手に涙出てくるし。
「だ、だめかな」
「だってさ。参列者の交通費、どれだけかかると思ってんだよ。社会人になったばかりの俺達に出せる額じゃないだろ」
「そうだね。ドレスもお買い上げだし」
 ああ、そうかぁ。そうだよね。翔の言うとおりだ。足のわるいおばあちゃんもいるんだもん。親戚にプラス仲のいい友達、なんて言ってたら、あっという間にツアー並みになっちゃう。
 お金がなくったって、愛があればいいのよ!なんて勢いで式を挙げようって言いだしたのはいいけど、先立つ物はやっぱりお金。ぼんやりなあたしと違って、翔はしっかりその辺考えてくれてる。
ちょっと、憧れてたんだよね。海外で式挙げて、自分ちのタンスにかかった白いドレスにニヤニヤして、記念日のたびにウェディング気分で写真とるの。そのために体型だってキープしてみたり。けどそれは、憧れの化石にしなきゃ。
「うう。じゃあ、どうしよう」
「ていうか、美佳はどうしたいわけ? そこんとこ、はっきりしないと」
「うん……式を挙げたいんだよね。親戚とか友達に、あたし達の幸せなところを見てもらいたいというか」
「だったら、バイト先の店、貸し切ってパーティでもいいじゃん。近いし」
「それもなんだかなぁ」
「じゃあ、俺が言ってた神社は? ほらここ」
 目の前に、由緒ある神社のパンフが落ちて来た。びっくり。いつの間に持って来たんだろ。翔なりに考えてくれてたんだ。じぃぃん、てしちゃう。
ああ、でも神社かぁ。ワサビ、じゃなくてわび、さびの世界って、あたし、苦手なんだ。
「神社だったら、やっぱ和装だよね」
 あたしの夢は、真っ白なウェディングドレス。……なんだけど。
「大丈夫だよ。最近じゃ、茶髪でもやってくれるし」
 そういうことじゃないんですけど。
 しぶしぶパンフをめくって、白無垢姿のモデル写真を見た。ふうん、翔って、こんなのが好きなんだ。おしとやかに盃を持ちあげるあたしと、それを目を細めて見ている翔。……。
やーん、いいかもぉ。
「だったら、招待状、どうする?」
「この前、同僚のときは手作りでさ。新婦が絵を描いたのを印刷したんだって。なかなか良かったよ」
「……ごめん、絵、描けない」
「いや、別に美佳に描け、って言ってないよ。手作りキットとかあるし、パソコンでも素材があるしさ」
「あ、あたしも見た事ある。迷っちゃいそうだよね」
「あれ使えば、美佳だって作れるだろ」
「って、作るんはあたし?」
「だって俺、仕事あるし」
 コキッって、あたしの中で音がしちゃった。あたしも、仕事あるんですけど。そりゃ、翔と違って定時キッカリに終わるけど。
 なんか、あたしのことシカトされてる気分。あーあ、まただ。
 ふぅーっとため息。
「どうした?」
 パソコンを開きながら翔が、眉間にシワを寄せてあたしを見下ろしてる。
「なんでもない」
 どうしよう。かわいくない言い方になっちゃった。NGだよね。120%悪印象。
 こんなあたしを愛してくれるのは、翔しかいない。ブスじゃない(と思いたい)けど美人でもないし、優柔不断だし。ひとりじゃ何も決められない。料理だってヘタクソで、そうじも苦手。
 だけど、翔はかっこよくて気がきいて、頭の回転がはやくて。サッカーだって上手いんだ。
 翔のことを選びたいオンナノコはたくさんいるだろうけど、あたしには翔しかいない。合コンで、参加者全員メアド交換させられた中であたしにメールをくれたのは翔だけだった。
 最初は、結婚詐欺かと思ったよ、正直(笑)。
 だから、翔を怒らせたくないんだ。翔にとってのかわいい美佳でいたい。
 結婚しよう、って決めるまでは上手くいってたのに。どうして最近は、こうやってブサイクになってばかりなんだろう。翔に嫌われちゃうよ。
 窓の外を見たら、真っ黒な雲。さっきまで晴れてたのに。やだ。雷も鳴ってる。
「ね、パソコン大丈夫?」
「これくらいの雷、大丈夫だよ。昼過ぎから降る、って予報だな」
 画面には、天気予報。15時から雨。時計もそのくらい。今日は会ってからずっと式のこと考えてばかり。デートらしいこと、まだなんにもしてないじゃん。招待状のデザインくらい、さっさと決めちゃおう。
「あ、これなんかどうかな」
 指さす翔が開いたページに、神社の境内を走る人力車が出ていた。
「招待状のデザイン?」
「なわけないだろ」
 ああーっ! あたしったらバカ丸出し!
 呆れられてる、絶対に。見放されるかも。
 横目で見たら、翔はサラッと流してくれたみたい。スクロールしながら、じっと画面を見てる。ほっ。
「ここ、駐車場から境内まで遠いから、こんなオプションがあるんだって」
「へぇ。だけど、料金プラスされるんでしょ」
「いいじゃん。こんなときくらいしか乗れないし」
 ドレス一着分もするんだ。ドレスはあたししか嬉しくならないけど、人力車は二人で嬉しくなれるかな。
 でもなんだろう。あたし、なんでムキになってあたしを説得してるんだろ。なんでこんなにイラついてんだろ。
「でさぁ。翔、招待状のデザインどんなのがいい?」
「美佳に任せるよ」
「あたし一人で決めちゃって、後でやり直しにしないよね?」
「さあ。俺と美佳、カラーがちがうからなぁ」
 ズッキーン、てした。
分かってる。翔にとっては、軽い冗談なんだよね。だけど、凹む。
 カラーが違う、って。
 翔は、そんなふうに思ってたんだ。
「そんなんで、結婚生活、うまくいくかなぁ」
 たまりかねて言ったら、さすがに翔は「マズかった」って顔した。あたしから目をそらせて、だまって神社のサイトを見てる。口コミとか行事予定とか。
 パチパチ。大雨が窓ガラスにぶつかって音をたてはじめた。
 タイミング悪い。これじゃ、このままここにいるしかないじゃない。ずぶぬれになってまで雨の中を駆けだすヒロインに、あたしはなれない。気まずい、って思いながら、それでも翔の隣りで座っておくしかできない。
 だんだん、空気が息苦しくなってきた。婚約の時もらった(安物の)指輪が、キュンってきつくなった気がする。
 何か言ってよ、翔。ごめんね、とか、言い過ぎた、とか。そしたらあたし、いいよ、ってキスできるから。
 だけど、翔はだまったまま。雨の音だけが激しくなって、そして、静かになった。
 パアッと日が射した。
 あたしの気持ちなんてお構いなしに、外は猛スピードで晴れてくる。
「お」
 翔が声をだした。見たら、ビルの上に大きな虹。
「きれい…」
「だな」
「すごい。七色全部、くっきり見える」
 感激。これでいい感じになれたら、今日のモヤモヤ全部忘れたっていい。なのに翔が言ったのは。
「俺には五色に見えるけど。中国じゃ、虹は五色で表すんだって」
 がっくり。うんちく言うのは、おやじ化してる証拠だよ。くちびるをとがらせたら、横目で見ていた翔に思い切り笑われた。は、はずかし!
 しばらく笑って、翔があたしのほっぺをつつきながら言った。
「ま、いっか」
「なにが?」
「どっちにしても、きれいだもんな」
「そ、そうだね」
「美佳も」
 え?
「なんのかんの言いながら、かわいいよ」
「もぉ!」
 とびきり嬉しくなっちゃった。そんなこと言ってくれるから、翔のこと嫌いになれないんだ。
もうこれは、抱きつくしかないでしょう!

 なのに、翔はあたしを置いて行ってしまった。

 空に、大きな虹がかかる。山と山の間にグーンと橋を渡すみたいな虹。
 車の窓から見ながら、きれい、って呟いた。
「ミカのほうが、ずーっときれいデスヨ」
 変な日本語で、ダーリンが運転席からウインクした。ヨーロッパ的愛情表現にはだいぶ慣れたけど、やっぱりいちいち照れてしまう。そんなあたしを、ダーリンはやっぱりニコニコして、
「アイシテるよ、ミカ」
なんて言っちゃってくれてー!

 婚約解消を言いだしたのは、翔だった。
 別の人と結婚を考え始めたから、てのが理由だったんだよ。サイテー。
情けなくて、もう死ぬしかないでしょう、って思った。
 死ぬ気なら、まったく英語しゃべれないおバカでもアメリカにだって行けるんじゃない?って友達の言葉につられて、そこでダーリンと運命の出会い!
 あたしは、なんにも出来ないオンナノコじゃなかったよ。
 ひとりでちゃんとパスポートの申請が出来たし、飛行機も乗れた。ガイドブックと自動翻訳アプリを片手に、自由の女神を拝んでこれたもん。
 料理が出来なくったって、そうじが出来なくったって、それなりに生きていけるもんだね。


 翔に捨てられてなかったら、あたしはグレーなあたしのまま。バラ色のあたしがいることに気付けなかったよ、きっと。
サンキュー、翔!


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