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D07  色彩の守護者

 闇の眷属の始末なんて、やっぱ俺にはまだ早い。っつうのを今、心底思い知っている。
 でも、思い知る前からわかっていた事だ。なんで師匠は、俺を派遣したんだか。
「ほら。あいつを足止めしろ!」
 先輩は簡単に言うし。俺にとって足止めは命がけだっての。命かけても、できないかもしれないっての。
 でも立場が弱い俺は言い返せないから、黙って矢を番える。矢は全部で五本。武器に魔力を込めるのは難しいし、疲れるし、今の俺にはこれで精一杯。「みんな剣一本とかだぞ。お前すごいな」って、前に先輩が褒めてくれたけど、俺はこれしかできないから、頑張るしかなかっただけ。すごいわけじゃない。
【光の王よ、ヨシュアの名において、鋭き雨を降らせよ】
 ほら、先輩は呪文を唱えるだけで、矢よりずっとすごいの飛ばせるし。
 闇の眷属の頭上に、白い光の陣が生まれる。その陣から降りそそぐ雨は、眷属の肌や皮膜の羽を抉る。
 悲鳴が耳にぴりぴりする。けど弓を構えてた俺は、先輩みたいに耳を塞げない。先輩ずるい。俺のために隙作ってくれたんだろうけど
 光の雨から逃れようと飛ぶ闇の眷属を狙って、俺が放った矢は。黒い皮膜とその背後にあった壁とを縫いつけた。
「よくやった!」
 先輩は俺を軽く褒めて、次の詠唱をはじめる。
【大地の果て、闇の世界を封じし闇の王よ】
 前、先輩は、闇の王の力を借りるには時間がかかる。って事は、本気なんだ。
 じゃあ俺は、何があってもあいつをあの場所に引きとめておかないといけないわけだ。
 俺は急いで次の矢を放ち、もう片方の羽も壁に縫いつける。それでも闇の眷属は暴れるから、羽を引きちぎって動き出しそうな勢いだ。もう一本矢を放ち、足も捉える事にした。
【ヨシュアの名における契約に基づき、力を貸せ!】
 詠唱を終えた先輩が指さした先に、暗黒の球体が生まれる。球体はあっと言う間に眷属を飲み込むと、小さく圧縮していく。
 眷族の悲鳴がより酷くなった。けど、球体の消失といっしょに消えた。
 消えた時には、闇の眷属も一緒にいなくなっていた。
「よし、終わり! 足止めご苦労!」
 ねぎらいのつもりか、先輩は俺の背中を強く叩いた。ひりひりした。

 闇の眷属って呼ばれる、人を喰う種族がいる。
 眷属は大抵人より強い力を持っていて、対抗する方法は、普通の人にはほとんどない。
 ただやつら、「闇」の眷属と言われてるだけあって、太陽の光が当たるところにいられない。夜も、太陽の代行者(月の事な)が空にある限りは無理。だから恐いのは、新月や、月が隠れるくらい雲が濃い晩の夜だけ。実はそれも、蜜蝋に点る灯りでなんとかなる。蜜蝋の灯りには月の光と同じ力があるとか。
 つまり闇の眷属の存在って、防げる災害なんだ。月のない晩に外で寝た酔っ払いが次の日の朝に足だけ発見とかって話も聞くけど、それって月の出てる晩なら相手が強盗とかに代わるだけの話で、本人の注意不足のせいだからな。
 でも、たかが蜜蝋っても、貧乏人にほいほい買えるもんじゃねーし。雨が続く時とか不足する事もあるし。そこそこ頭のいい眷属だと火を消しにかかったりするし。夜自由に出歩けないの不便だし。だから金持ちとかでかい街とかは、対抗できる力を持つやつを雇うんだ。
 そう言うやつらをなんて呼ぶかは地方によるんだけど、俺の育った街やこのあたりでは、<守護者>って呼んでいる。
 守護者は、世界の根源を司る各種の王たちと契約をした者たちだ。契約した王の力を借りて魔法を使ったり、魔力を込めた武器をふるったりできる。先輩みたいに、複数の王と契約する守護者もいて、まあ数が多けりゃ強いって訳じゃないけど、色んな事できるようになるから、やっぱ強い人が多い。だから先輩が、まだ修行中なのに眷属退治に出されたのは、わかる。
 俺なんて……いや、俺も、矢に魔力が込められるんだから、まったく契約できてないわけじゃないよ? でもさ、契約してんの、色彩の王ただひとりだよ? 色が操れたって、眷族退治の役に立たないだろ。
「もっと強い王と契約したいなぁ」
 契約してくれた色彩の王には悪いけど、眷族退治どころか、普段もあんま役に立たない。
「色彩の王って、滅多に契約してくれないって有名なんだぞ。すごいじゃないか」
「闇の王は、先輩以外の誰とも契約しないって有名ですけどね」
「細かい事気にすんなよ」
「細かくないっすよ! あーあ、武器でしか戦えない守護者なんて、なさけない」
「いやー肉弾戦は重要だと思うよ? 魔法ってどうしても隙ができるしな。って事でこの話は終わりにして、朝までパトロールするぞー。俺こっちから回るから、お前あっちから」
「別行動っすか!?」
「けっこう広いだろこの街。一緒に行動したら回りきれないだろうが」
「俺の身の安全は!?」
「お前、仮にも守護者なんだから、自分の安全より街の安全考えろよ。あと自分の身くらい自分で守れ」
「まだ修行中です!」
「俺も俺もー」
 軽い口調で俺にのっかった先輩は、ひらひら手を振って、とっとと歩いて行ってしまった。
 ひどいよ先輩。俺に死ねと言うのか。

 月の出てない夜にひとりで歩くの、眷属がいなくても恐いんだけど。
 そりゃ、蜜蝋の燭台に灯りを点してるけど。変なところで気が効く先輩が、「風で火が消えちゃった時のため」って、光の王の力で光る指輪を貸してくれたし。眷属除けの役には立たないけど、うっかり蝋燭が消えたら真っ暗なんて状況にならないのは助かる。
 周囲に人影がまったく見えない。住民はみんな、家の中に閉じこもって、蜜蝋の灯りが届くところに寄り固まってるんだろう。うん、俺たちとしてはそれが一番楽。
 そんな感じで、ひとっこひとりいなくて、俺の足音ばっかりがひびいていたから、風のいたずらとかでちょっとでも違う音がすると、びっくりして身構える。
 もう出てくるな、闇の眷属。出るなら先輩のほうに。
 なんて、先輩に知られたら確実に殴られそうな事を祈ってると、足音が聞こえてきて、びくついた。
 しかも、近付いてきてるし。
 俺は隠れようとしたけど、こんな真っ暗な道で灯り持ってたら隠れられるわけない。でも灯りを消したくなかったから、燭台を地面に置いて、弓を構える事にした。
 足音はもっと近付いてくる。音が軽いから女の人か。いや油断禁物。眷属は色んな種類がいる。女の人くらいちっさくて、空を飛べない奴だっているかもしれない。
 待ってると、角の向こうから光がはみ出てきた。少し遅れて女の人の姿が。左腕に大きめのバスケットさげて、右手には燭台を持ってる。蜜蝋って事は、眷属じゃない、と。
 女の人は俺に気がついて、悲鳴を上げかけて、声にならない感じだった。足を止めて身がまえてる。
 こんな真夜中に人が外にいたら驚くのは当然か。お互い様だけど。いや、俺は武器構えてるから、向こうのが恐いかな?
「出歩くのは危険ですよ」
 矢を矢筒に戻しながら、守護者らしく忠告してみたけど、
「そ、そっちこそ」
 って返された。そりゃそうか。
「俺はいーの。これが仕事だし」
 俺は燭台を拾って、女の人に近付いた。女の人は怯えた顔をしたけど、逃げはしなかった。
「って、蝋燭、残りそんだけ?! よく家を出る気になったね!」
 女の人の蜜蝋があんまりにもちびだったから、俺はつい叫んでしまった。だって、本当に残り僅かで、すぐにでも消えてしまいそったんだ。喰うのはもう少しだけ待ってねって言ってるようなもんだぞそれ。
「夢中になってて、気付いたらこれだけに……それで、友達の家にお邪魔させてもらおうと思って、今移動中なの」
「ああ、一応、考えて家出てるのか。いや、考えてたら、家を出る事にならなかっただろうけど」
「そんな言い方ないでしょう! どうしても、明日の朝までに終わらせないといけなかったから……!」
 女の人が、バスケットを抱え込みながらなんかすごい真剣な顔で怒るから、俺はとりあえず謝っといた。「女が怒った時はとりあえず謝っとけ。結果的にそれが一番楽だ」ってのが、じーちゃんの遺言だからな。
「じゃ、その友達の家まで送るよ」
「なんで」
「あんた、この街の住民じゃない?」
「住民だけど」
「だったら保護対象だから仕事の一環」
「あんたみたいな子供が本当に守護者?」
「もう十五だよ。まだ修行中だから守護者って言い切れないけど。いざって時に、人ひとり逃がす事くらいはできるよ」
「たぶん」って続けたかったけど、やめた。「女を不安にさせるような事は言わないほうがいい」ってのも、じーちゃんの遺言。
 遺言が役に立ったのか謎だけど、女の人は納得したみたいだった。「こっち」って、行きたい方を俺に教えながら歩き出した。
 とたん、来た。
 何かが落ちてくるような音がしたから俺は、女の人の背中を押した。
 女の人は転んでしまったけど、そのくらい許してほしい。元々女の人が立っていたとこに、大きな石が落ちてきたんだから。
「これ、持ってて!」
 女の人は転んだひょうしに手に持っていたもの全部落としたから、蜜蝋の火も消えてしまった(燃え尽きたのかもしれない)。だから俺のを渡して、俺は上を見た。
 闇の眷属が空を飛んでる。蜜蝋の光が届かない高さだけど、先輩が貸してくれた指輪の光は届いたから、ひと目でわかった。
 来やがったかー! ってか、ただの石とは言え飛び道具は卑怯だろ! 俺が言うのもなんだけど!
 俺はすぐに矢を放つ。魔力を秘めた矢は、真っ直ぐに眷属に向かう。だけど狙いが甘かったのか、避けられたのか、矢は眷属の腕を掠っただけだった。
 俺は急いで次の矢を手に取る。そんで、それが最後の一本だと気付いてしまった。
 やばい。
 あー! 俺のばか! なんで五本しか用意しなかった!
「先輩助けて!」
 一応叫んでみたけど、多分、届かない。けっこう広いもんな、この街。
 いや、まだ完全に駄目ってわけじゃない。矢が尽きるまでに仕留めればいいんだ。あと一本で……無理ーーーーー!
「危ない!」
 女の人の声に反応して、俺は横に跳ぶ。
 どすん、と石が落ちてきた。さっきよりはちっさいけど、高いところから落とされると痛いんだって! 当たりどころによっては死ねる!
 落ちつけ。落ちつけ俺。
 あと一撃で倒せる自信はない。
 なら先輩を呼ぶ方法を考えるんだ。こいつ、さっき倒したのよりも小物っぽいから、先輩ならすぐに倒してくれる。だから、一刻も早く先輩にわかる、合図を……事前に考えとけよ俺ら! 先輩やっぱ気ぃきかない! ってか、先輩だってまだ修行中なんだから、修行中の弟子ふたりを派遣した師匠が悪い! あの考えなしのモノクロ大好き師匠め、今度いやがらせに俺の力で部屋中真っ赤に染めてやる―――
「そうだ!」
 俺は指輪を外して、最後の一本の矢に通した。なんかすぐ抜けそうで恐いから、紐で結びつける。それを、上から降ってくる石を避けながらやったから、なんか無駄に時間がかかった。
【色彩の王よ、アーロの名において、輝く光を無数の色に染めよ!】
 詠唱と同時に矢を放つ。今度は外さなかった。矢は眷属の肩に突き刺さった。
 もちろん、それで眷属が倒せるわけじゃない。ただ、眷属は月の見えない夜空の中、光を抱えて飛んでいる。その光は、赤、青、紫、緑、黄色、桃色……と、次々に切り替わっていから、アホみたいに目立っているんだ。
「これに気付かなかったら先輩はただの馬鹿だろー!!!」
「誰が馬鹿だ!」って反論が聞こえた気がした。
 もちろん気のせいだ。先輩は声が届くような近くにいない。いたら、さっき叫んだ時に駆けつけてくれただろう。でも、俺が伝えたい事は、ちゃんと先輩に届いたみたいだ。
 俺たちを喰うために、蜜蝋の灯りを消すか、俺たちを灯りから離そうと、悪い頭で何とかしようとしていた眷属の上に、光が生まれる。
 それは大きな刃になって、ものすごい勢いで眷属の上に落ちてきて、眷族のからだをまっぷたつにした。
 眷属は奇声と、変な色した血を振りまきながら、どすんと地面に落ちてきた。

「だから単独行動は無理って言ったじゃないですか!」
「でもなあ。ばらばらに行動してなかったら、俺たちのどっちもその子に気付かなくて、助からなかったかもしれないだろ? 結果的に全員助かってめでたしめでたし」
「俺、死んでてもおかしくなかったですよ?!」
「結果が全て! 以上!」
 ひでえ! 俺、可哀想な後輩!!
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
 先輩、もう俺の事無視して、女の人に話かけるし!
「え、ええ、特に、怪我は……」
 女の人は震えてた。ちょっと間違ってたら死んでたかもしれないしなぁ。目の前で化け物がまっぷたつになるとこ見ちゃったし。
 でも、少しは気力を取り戻してきたみたいだ。落とした荷物に気付いて、バスケット拾い上げて、で、何か、硬直した。 
「どうしました?」
「あ、いえ……大した事では」
「そうは見えませんよ? 困った事がありましたら、気軽にご相談ください」
 先輩、何か優しくね? 俺相手と違わね? 相手女の人だから? うっわひでー。
「荷物が、少し汚れてしまって」
 バスケットの中身は、何か布? みたいだった。あ、服か?
 地面に触れた部分が埃っぽいのは、はたいたり洗えばどうにかなるとして、ちょっとだけ魔物の血がしみている。白い部分に赤紫っぽい色がついてるから、なんか目立つな。
「大切なもの、ですか?」
「明日の舞台で、友人が着る予定の衣装で……あともう少しで、完成するところだったんですけど」
 あ。
 先輩の微笑みが凍りついた。
 まあ、先輩があんな倒し方したせいだしな。いや、俺は先輩を責めないよ。助けてもらったし。女の人も責めないと思うよ。助けてもらったし。その衣装作るために、時間を忘れるくらいがんばってたみたいだけど。
(おい、アーロ)
 命の恩があるんだから、出ようと思えば強く出れるはずの先輩は、物悲しそうに俯く女の人を横目に、俺の腕をがっつり掴んで、こそこそ囁いてくる。
「なんすか」
(お前、たまには俺を助けろ)
 えー、そんな言いかたしちゃいますか、先輩。
 ってか、なんで女の人にだけそんな優しいんすか。
 なんて、色々不満はあるけれど、俺はおとなしく先輩に従った。ほんと、色々言いたい事はあるんだけどさ、一応命の恩人だし? なんか貸しつくれそうだし?
【色彩の王よ、アーロの名において、異なる色を取り除け――】

 笑顔になった女の人を、友達の家に送り届けてから、先輩はぽつりと言った。
「彼女の笑顔を取り戻したのは色彩の王の力だよ。すごいじゃないか」
 珍しく優しい感じに微笑みかけてくれたから、俺も微笑み返す。
 守護者なんだから、戦いの役に立ちたいんだけどな。
 って、言い返しそうになって、やめた。それは完璧本音なんだけど、先輩の言ってる事の意味もちょっとわかったし、今回役に立ったのは間違いないし?
「これからもよろしくな、色彩の王」
 って、俺は先輩に聞こえないように、こっそり呟いた。
「他の王とも契約できるようがんばるのはやめないけど」とは、言わないでおいた。


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