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D04  彩色展覧会

 夜空は水の匂いを抱え込んで、眼下に広がっておりました。
 水晶はその空へとぺたんと膝をつき、こつんこつんと細く白い指を規則正しく、まるで音楽を奏でるかのように空へと打ち付けています。
「君、何をしているんだい。」
 紅玉は水晶の背中に訊ねました。水晶はゆるりと振り返り、「やあ。君か。」と云って笑いました。
「展覧会を見ていたのさ。」
「またなのかい。君はどうも、毎日それを見ているね。」
 紅玉の少しばかり皮肉が交じった言葉に、けれど水晶は気にも留めずに微笑みました。
「ああ。ご覧よ、君。今日もまたとても鮮やかで美しいよ。」
 水晶の頬はわずかに紅色に染まっておりました。「ほら、」と云って、水晶は夜空を示しました。
 紅玉の足もとには、色鮮やかな星が散りばめられた夜空がありました。
 水晶は空の上に坐り、紅玉はその隣で立ったまま見下ろします。
「ああ、ほら。あちらは花紺青のようだ。きっととても、明るいお人なのだろうね。」
「なら、水晶、あちらの黄玉のようなお人はどう思う。」
「あちらの方は、間違いない、とても誠実な方だろうね。」
 満面の笑みを浮かべ、水晶は紅玉の言葉にひとつ、またひとつと相槌を打っていきます。そうしている間にも、ちか、ちか、ちか、とまるで息をしているかのように、色鮮やかな星星は明滅を繰り返していました。
 この星の展覧会を、水晶はいつでも丸い目をきらきらとさせながら見下ろしているのです。
「君。」水晶は食い入るように空を見下ろしながら云いました。
「先生は、僕らをどのような人のもとへとやられるのだろう。」
 問いかけは、とても難しいものでした。先生の考えていらっしゃることは、紅玉には分からないことばかりだと思えたからです。ですので、紅玉はほんのわずかに首を傾げてから、ちいさな林檎色の唇を開いてこう云いました。
「どうにも、答える術を僕は持っていないようだよ、水晶。」
「そうか。君はとても頭が良いから分かるかと思っていたんだ。」
 少しばかり残念そうに水晶は頷き、そして「それでも、君、」と続けました。「先生はきっと素晴らしい人のもとへと僕らをやってくださるに違いない。そう思わないかい。」
 これには紅玉は頷くだけでした。
「ああ、勿論さ。」紅玉は云いました。「きっととても素晴らしい人のもとへ、僕らをやってくださるに違いないさ。」
 それは紅玉にとっても水晶にとっても、決して揺らぐことのない決定事項のようなものでした。
 この数多に輝く星星の中から、とても素晴らしい星のひとつを見つけては、先生は彼らをその人のもとへとやってくださるのです。
「ああ、ご覧。紅玉」
 水晶が大きな声を上げました。
「あちらに柘榴石のような色を纏った、お美しい人がいらっしゃるよ。」
「ああ、本当だ。柘榴石のようにとてもお美しいね。」
 燃えるように赤いひとつの星がありました。その星を指差し、「うん、」と水晶は頷きました。
「君、僕は決めたよ。」
「どうしたんだい、君。」
「先生にお頼みしてみるよ。君、僕はあの柘榴石のような人のもとへと行きたいと思う。」
 そう云った水晶に、紅玉はぱちぱちと目を瞬きました。
「本当かい、水晶。」
「ああ。決めたよ。」
「しかし、君、それは僕らの刻が終わることになるのだよ。」
 紅玉の言葉に、水晶は何かを決意した笑顔を浮かべました。
「それが、君、ここの理というものでしょう。」
 それを云われてしまうと、紅玉としても頷くしかありませんでした。「そうだね、君の云うとおりだ、水晶」紅玉は云いました。
「けれど水晶。僕は君と離れてしまうのがとても哀しいと思うんだ。」
「紅玉、それは僕も同じさ。」
 水晶はぼんやりと光る白い手を紅玉へと差し伸べました。紅玉はその手を握り返しました。ふたりの間に、きらきらと、白い雫のような光が舞いました。
「けれど、君、僕はあちらに行っても僕のままだろう。」
「ああ、君はあちらに行っても君のままだろう。」
「なら、君、お願いがあるんだ。」
 水晶の笑みは、まるで月下香の花のように美しくありました。
「君も、とても素敵な色を持つ星のもとへと行ってくれたまえ。そうして、僕らはあちらでまた出逢うんだ。また親友になろうじゃないか。」
 水晶の願い出は、確かなものでありました。
 ですので、紅玉はまたひとつ大きく頷き、云いました。
「勿論さ、水晶。また僕らは、親友になろう。あちらで、出逢おうじゃないか」

 そして、水晶は先生のもとへと赴き、あちらの柘榴石のような人のもとへと願い出たのでありました。先生はその申し出を受け入れてくださり、その日のうちに、水晶はきらきらとした眩しい星屑の一片となり、あちらへと降りていったのです。
 紅玉もまた、すぐにとても美しい藍玉の星を見つけ、あちらへと降りていきました。

 二人の降りたあちらの世界は、色鮮やかな数数の星が瞬いています。
 けれども、水晶と紅玉はお互いすぐに見つけ合えると知っておりました。
 何故なら、どれだけ星が瞬いていようとも、お互いの色だけは誰とも重ならないことを知っていたからです。
 そういうふうに、人は出来ているのです。


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