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D02  マジで恋するうんたらかんたら

「踏んでください! お願いですから僕を踏んでください!」
 部屋の中に悲痛な声が響き渡る。
 いや、悲痛というよりは懇願している本気の声かも。
「一回だけでいいんで! お願いします!」
「ごめんなさい。私、今日はピンヒールじゃないんで踏めないですよー」
「構いません! 顔で! 顔でいいんで!」
「えっ、でも一回だけですよ? 同じ一回ならピンヒールの方がいいんじゃないですか?」
 片眉を上げながらシニカルな笑顔を浮かべている女性は香織(かおり)さん。
 強気な性格が顔にまで現れているツリ目の女性。目の前で踏んでくれと懇願している高貴(こうき)とは初対面だったはず。
 高貴は頭を抱えて一度きりのチャンスをどう使うのかを悩んでいる。
 このチャンスを逃してはならないと本気モードに突入している彼の背中からは魔法使い見習いとは思えないほどの威圧感(プレッシャー)を放っている。
 敢えて言おう。マジキチだ。
「ピンヒール……じゃなくてもいいです!」
 悩んだ末に出した結論が妥協だった。
「高貴、落ち着け。お前の出した結論は逃げじゃないのか? そんなプライドを安売りするようなヤツだったとは……見損なったぞ!」
 思わず声をかけてしまった。だが、高貴はそれを受けても堪える事などない。
「今という瞬間(とき)を全力で生きることに決めたんだ!」
 全力のドヤ顔だった。ぶん殴りたい。
「なんでお願いします! 踵に体重をかけて踏みにじるのに抵抗があるならつま先からでもいいですよ?」
「ウェッジソウルのままでいいんですか?」
「構わないです! もう先っぽだけでもいいんでお願いします!」
「そう言いながら結局満足できなくなるくせに……」
「そんな事ないですよ! ぼく、ちゃんとそれだけで絶頂を迎えられる自信があるんで!」

「いい加減にしろ!」

 そろそろ高貴にも現実の厳しさを教えることにした。
 全力の右ストレート。もちろん、しっかりと拳は返しながら顎を撃ちぬいている。
 吹っ飛びながらダブルピースをしていた様に見えたけど気にしたら負け。
「高貴くん……大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。香織さんが心配しなきゃいけないほど、あいつも弱くないんで。10年間スポーツやってたんで、身体は丈夫なんです」
 ポジションはいつもサイドベンチを死守してたけど、ウソはついていない。
「あの……高貴くん、身体がビクビク痙攣してる気がするんですけど……」
「あぁ、きっとオーガズムでも感じてるんですよ。見てください幸せそうな顔をしてるでしょう?」
「アヘ顔ですね」
「間違いなくアヘ顔です」
「高貴くーん、大丈夫ですか? 意識あります?」

「大丈夫……です。その件はメール……で……連絡ください」

「「重症だあー!」」

 あいつは一体何と戦っているんだ。
 そのまま「悔しい……でも、感じちゃう!」などと言い始めたので完全にシカトすることにした。

「香織さん、本当にすみません。高貴の代わりに俺が謝ります」
「いえ、大丈夫ですよ。私も悪ふざけが過ぎたんで」
「悪ふざけが過ぎたのは高貴だと思うんですが……」
「私も相手をしてるうちに楽しくなっちゃって。ごめんね」
「あぁ、それは大丈夫ですよ! あいつ、Sっぽいおねーさんに踏まれるのが夢なんで!」
「あれだけ(自分の欲望に)純粋な人も珍しいですよね」
「そうですね。あれだけ(欲望に染まりきった)真っ白な心のヤツもいないですね」
「そう言えば服装も全身紫ですもんね」
「ええ、無意識のうちに性欲の色をチョイスしてるんでしょうね」
 とりあえず、目の前に転がっている高貴の亡骸に香織さんと2人で手を合わせておく。
 合掌

「生存戦略ううううううううう!」

 両足を振り上げ、そのまま見事なまでの跳ね上がりを見せる高貴。
 ちっ、生きてたか。
「おはよー。目覚めはどうだ?」
「あぁ、夢の中で死んだ祖父に声をかけられてな」
「おまえ、それ…三途の…」
「それ以上は言わないほうが! 高貴くん。そこでおじいさんは何か言ってましたか?」
「魔法を使えるようになるまでは、こっちに来るなとか何とか。祖父曰く、魔法使いになってからが本番だとか何とか」
「ん? 高貴、お前手に握りしめてるのなんだ?」
「あん? あぁ、そう言えば戻ってくる前に祖父が何か渡してくれたような……」

 高貴は固く握りしめていた手をゆっくりと開く。
 そこから出てきたのは、EGG T◯NGAとサ◯ミオ◯ジナルの0.02mm。
 高貴のじーちゃん、ソロプレイでもセーフティでやれって言いたいのかよ。

「…………」

 訪れる沈黙。そして、再び手のひらを閉じる高貴。
「ぼく、ちょっとトイレに行ってくる……」
 赤面しながら、高貴はそそくさとその場を離れていく。
「高貴くん……恥ずかしくて居づらくなったんですかね」
「そう思ってあげてください……」
 15分後くらいかな。あいつが賢者モードで戻ってくるのは。

「でも、どうですか? 高貴のヤツ? アレな所も沢山ありますけど、性格は間違いなくいいですよ」
「ここまでの流れで性格がいいって断言できるのがすごいですけどね」
「いや、あいつ好みの女の子を見つけると見境なくなっちゃうんで……あの取り乱しようは相当気に入ってるんだと思う。香織さんのこと」
「え、そうなんですか……? あんな事を面向かって言ってくるくらいだから、てっきり遊ばれてるのかと」
「あいつなりの照れ隠しですよ。愛情の裏返しって言ってもいいですね。よかったらどうですか? 真剣に考えてもらえたら嬉しいっす」

「ごめんなさい。わたし、ドM駄目なんで!」

 高貴の魔法使いへのカウントダウンがまた一歩進んだ。


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