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A05  洗濯参景 -十和と千早-

 最近買ったばかりの洗濯機から脱水が終わったことを告げられて、「はーい」と返事を返しながら上機嫌で脱衣所へ入って行った彼女は予想だにしなかった。
 乾燥機能付きの最新型を買わなくてよかったと心の底から思ったことも。
 ふんふんと鼻歌を歌いながら洗濯機の蓋を開けて中を見て……純白だったはずのブラウスが神代もきかぬ色にくくられているのを見てしまい……数瞬後、絹を裂いたような悲鳴が喉をついて出たのは言うまでもない。

 のどかな日曜の昼下がり。時計の長針が3を指す中、窓から覗く空は絵の具を筆で刷いたように澄み渡り、雲も綿飴のようにふわふわと浮かんでいて、まさに申し分のない休日といえた。
「あたし、もう、悔しいぃい!!」
 ……目の前にテーブルを叩かんばかりの勢いで憤慨しきっている冒頭の彼女こと四十崎千早(あいさき ちはや)さえいなければ。
 そう嘆きつつも突き放すことのできない自分の性分を岩田十和(いわた とわ)は恨みながら、はいはいとその言い分を受け流していた。
「まあ、在原(ありはら)さんがお坊っちゃんなのは付き合う前からわかってたことでしょ?」
 だからそんなに悔しがる必要もないんじゃない?
 言外にそう指摘をしながら十和はさりげなく千早の前に手を伸ばすと、壊されたり汚されたりしないよう高価な客用のグラスとコースターを千早の前から遠ざけた。
 しかし敵もさる者、千早は千早でせっかく十和が遠ざけたグラスを掴むやいなや中身をぐっと飲み干すと、据わった目で十和を睨むなり、火がついたように吠えだした。
「そりゃそうよ? 付き合い始めはね! あのお貴族様のように会計に無頓着なところもお店のポイントに心を揺らさないところも、全部素敵に見えたわ。独身だったもの!」
 ……今だってまだ独身じゃない、と内心つっこみながら、十和はありし日の千早の姿を思い出していた。
”彼、お金に対する姿勢がスマートなの! とっても素敵!!”
 ……よっぽど元カレのケち……いやいや、徹底した節約ぶりにうんざりしてたのか、今カレである在原氏とのデートの翌日は必ずうっとりとのろけまくっていたものだった。
 まあ二言目にはポイントポイント、何かにつけては値引き、セール、定価で買うなの三点張り。
 そんな元カレ氏の言動は友人として千早に引き合わされたため傍で見ていた十和自身もうんざりしたため、在原氏に対する千早の浮かれようも理解はしていた。
 だが。
「お気に入りだったのよ!? あの白いブラウス! 奈良のブランドの、もう廃番で、ネットオークションでも手に入らなくて、たまたま行った蚤の市でやっと手に入ったのに!!」
 お気に入りの白いブラウスを洗濯中に色物のTシャツを放り込まれてすっかりその色に染められてしまいました。
 --そういった個人的には甚大ながらも傍から見れば実に些細なことをこうもしょっちゅう愚痴りに来られては、いかに千早が十和の友人かつ言いたいことを言い終わったらアッサリ(スッキリ?)帰るとわかっていても、さすがにうんざりしてくるもので。
「でも、在原さん自分が弁償するってちゃんと言ったんでしょ? 新しいブラウスも別に買うって。それにそのTシャツを洗濯したのだってアンタに家事をする姿を見せてその分自分の評価を上げようとしたからなんでしょ? だったらイイじゃないのよ」
 休日は置物みたいにでーんと居座って全く動かなくなる亭主関白男よりは。
 十和はそうまとめ、千早の全っっ然よくないわよー!! という咆哮を背にさっとパソコンの前へと戻るとマウスを動かし、やりかけだった画面をスクリーンセーバーから解放した。
 起動している文書作成ソフトに続きを打ち込み、いいネタができた、と思いながら。
 そのファイル名は「友人の結婚」。
 花嫁自身のお陰で結婚式のスピーチは完成に向かい、後日結婚式の写真を取りに新居へ行った際、
「あたしの結婚式だったのにスピーチのネタにしたあぁあ!!」
と新婦にまた愚痴られるはめになるが、対する十和の返答はこうだったという。
「私に頼むからでしょ」
 --お後がよろしいようで。


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